【企画書より】
機械から砂漠、音楽から音階へ
詩森ろば
9.11、それに端を発したイラク戦争以来、「現代」とは何者かと考えて続けていました。2005年はそのビュウポイントとして「芸術」を選び、革命後のロシアで「新しい社会・新しい芸術」に挑み続けたアヴァンギャルドの建築家にスポットを当てた新作「機械と音楽」を上演いたしました。戦争の世紀を抜けて、更なる激動へと身を投じようとしているわたしたちの現在に「歴史」という過去からの光を照射し、その全容を浮かび上がらせようと試みたのです。
しかしその過程でわたしの胸を打ったのはむしろ、政治がもたらした社会と個人のあいだの軋轢ではなく、革命という青春の時代を生きた芸術家たちの原初的な魅力に満ちたその創造の物語でした。芸術の持つ、ゼロからなにかを生み出すエネルギーは、この不安に満ちた時代において、やはりたったひとつの逞しい希望であることをわたしは身を持って知ったのです。
その作品のなかでわたしは奇しくもこのようなセリフを書いています。
貧困に破れ、そのデザインが実現することなく紙の上にとどまることとなった失意の建築家に友人が言います。どうせならヨハネス・ケプラーみたいに雪の結晶でも研究すればよかったと。
「雪だったら顕微鏡があれば研究できるし、貧者のもとにも平等に降るだろ。割がいいとは思わないか。」
今回の風琴工房はまさに辺境の北海道で雪を研究しつづけたひとりの男の物語です。いま書くべきものは希望だ、絶望の意味なら身をもって知った。そしてまさにこのとき、わたしたちはこんなにも希望を必要としている、と思ったとき、科学者の話を書きたいと思いました。そして、誰を書くべきか探すその途上でわたしは彼に出会ったのです。困難な、しかし創造と開拓の、お祭りのような明るさに生きた人生。
彼が文筆の才能に恵まれた文学者であることもその決定を後押ししました。うつくしく、理想と現実を見据えた、その文章は、わたしに彼の魂の軌跡をまざまざと照らしてくれます。わたしは彼の軌跡を追いながら、人生とは、希望のうちに生きることも可能なのだというシンプルで強い事実を伝えたいと思っています。それはわたしにとって現在、絶望を書く以上に勇気のいるできごとだからです。
彼の人生を描くことは、また次のどこかへわたしを連れていくでしょう。ロシアの建築家の数奇な運命が、わたしを彼へと導いたように。 創造と開拓のその先へ。もしかしたら暗闇かもしれない希望に向い。例え困難であっても。息を詰め、わたしはまた劇作の旅へと漕ぎ出すのです。
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