■2003年4月の日記

4月30日 Wed そして4月は終わる

 「4月になれば彼女は」と歌ったのはサイモンとガーファンクル。4月になれば彼女は、どうしたんだっけなあ。わたしの故郷はいま頃ようやく桜の頃か。発泡酒は明日から増税。「爪」が終わってからまだ1ヶ月たってないんだ。「馬」からはもう10日。来月からはワークショップ。曖昧な気分のわたしを置き去りにするみたいに、今月も終わっていくなあ。

4月29日 Tue さらに白痴について考える

 ほんとうはアゴラの「バダビア」に伺うつもりだったのだけれども急激に体調が悪くなり断念する。その分、またベットのなかで「白痴」を読む。このニヒリズムに貫かれた精神のありさまが問題だ、と思う。いやいや。安吾からニヒリズムを取っちゃったらなにも残らない気もするけど、やっぱりそれってものすごくパーソナルな領域に属することだよね。わたしには痛いほどわかるけど、それをそのまま劇化してもすごく趣味的な世界になりそうだ。いったいぜんたいどうすればいいんだ。そんななか、同じ短編集に入った「わたしは海を抱きしめていたい」をついうっかり再読してしまい、極私的にドヨーンとした気持ちになる。ああ。安吾の気持ちが理解できる女になんか生まれるんじゃなかったよ。ホントに。まったく。

4月28日 Mon 戯曲塾

 今日は斉藤憐さんの戯曲私塾。テーマは先日終えたばかりの小里くんの「蒼ざめた馬」の合評。できれば別の課題にしてほしかったけど、憐さんからの指名とあっては仕方ない。制作モードからアタマを切り替えて臨まなければと自分に言い聞かす。何日かかけてまとめた簡単な感想をさらにシンプルに書き直し、西永福へ。ほぼ夜を徹したかたちで合評。予測はしてたけど、キビシイなあ。でもさ、その作品を作る現場にいた以上、全ての批評が私の制作としての仕事に向けられたものでもあるんだね。なので私にとっては自分の無力さを苦く噛み締める、作家とはまた別の意味で非常にキツイ場だったのであった。制作はどのくらい創作に対して関わっていくか。それは各カンパニー、各現場、演出家と制作との関係性のなかで殆ど無限というほどのパターンがあることだろう。とくに私たちは劇作家、演出家同士で制作支援の体制を取っているのだ。創作に対し、なんらの意見もないなんてお互いあるわけがない。そんななかプライドを守ることだけに腐心せず、よりよい演劇を作るためになにができるのかを考えたい。来月はどうするんだ、と憐さんに言われたので、『「白痴」を出します。もし合評に値するものだったらお願いします』と自分からお願いする。そう。まずは合評に値するものを出さなくては。出さなくてはいけないんだよなあ。

4月27日 Sun ようやく

 部屋も片付いてきた。リビングに恐竜を並べると、ようやく我が家という気がする(その認識もどーかと思うが)。今日は近所の晴海トリトンというショッピングモールに行ってみた。オシャレなのかもしれないが、どうにもまとまりに欠く場所だ。迷路みたいで迷うし。だいいちどんな客層を狙っているのかがわからない。でもそこで長年探し続けていた白い楕円の深皿を見つけたのであった。形がよいと柄がついてたり、ツルツルすぎたり、材質が好みだと形や大きさ的にイマイチだったりと、2年以上に渡り探し続けてきたものだ。しかもとても安かった。即購入。さっそく野菜をとりどりに入れたカレーを作る。人参のオレンジやブロッコリの緑が映えて美しいことよ。
 そして来週の観劇予定を立てようととある芝居のタイムスケジュールを見たら今日までだということが発覚。ひー。どーしよー。そのとある芝居とは新国立劇場の「マッチ売りの少女」なのでした。カレー食べてる場合ぢゃなかったよ。見たかったのに。くすん。

4月26日 Sat ユビュ王

 江古田のNAPに串田和美さんの演出の「ユビュ王」を見に行く。これはたぶんジャリが見たら大喜びするんじゃないか、というくらい原作のイメージに忠実なユビュ王であった。戯曲を読んだ印象がそのまま舞台に乗っていて、まるで演出のお手本みたいでビックリする。ジャグリンク、生演奏、串田さんのお家芸がまた、ユビュ王にはピタリとハマル、ハマル。でもそんなユビュ王を見てつくづく思ったのは、こうゆうやり方はワタシには無理だなってコト。ここはひとつ風琴ワールド(なんてものがあるかどうかよくわかんないけど)へとユビュ王様にお越しいただくしかない。ほかのカンパニーのはどうなるのかなー。
 でもって今日は何度目かわからないけどまた「白痴」を読んだのであった。やっぱりおもしろいんだよなー。全ての文章が詩森のツボ直撃。声に出して音読したりして。けー。カッコいいよ。もう朗読でいいんぢゃないだろうか、とも思ったりするが、そんなイケナイ考えを振り払い、ようやく箱書きに着手する。そんな「白痴」。よくわからないけどとってもハデな作品になると思います。エンタテイメント。カブきまくりますよ。なぜか「白痴」で。どぞ、おたのしみに。

4月25日 Fri キャッチ ザ コールド

 王子様に口づけされて風邪を移されたという夢を見て目覚めたら風邪を引いていた。グッと下がった気温のせいか。
 そんななか、今日はサンモールのとなりにできたサンモールスタジオというところでお芝居。ここは元稽古場で、こんどロングラン専門の劇場として動き出そうということらしい。ショーマの高橋いさをさんの作・演出。ふー。なんか80年代だったなあ。
 そのあといっしょに見に行った松岡さんとFくんという若干20歳の男の子と「いろはにほへと」。新入生歓迎コンパやら歓送迎会やらで若者や中高年がハッスルするなか、いろいろ密談。この密談の成果はそのうちまたご報告しますわ。

4月24日 Thu ひさしぶりに

 ユビュ王のチラシ打ち合わせをしてから、代々木のアンコールワットで寺田くんとゴハン。ひさしぶりだったので、とにかく喋りたおす。最後は「ひさしぶりに話せて楽しかったよ」「遠慮なく話せるっていいよね」とかなり友好的なかんじで別れる。年を取ったな。わたしたちも。

4月23日 Wed そんな日もある

 なんとはなしにかなしい一日。意味もなく涙ぐみそうになるような。時間の余裕があると感情の波みたいなものにかまっているヒマがあるのはどうもいけませんね。

4月22日 Tue 今日も「白痴」のことを考えている

 再び「白痴」なんだけれど、劇化するにあたりやはり頭を悩ますのはクライマックスの戦火の道行きである。2003年のいまは、世界中が戦争の匂いでキナ臭い。気楽に「戦火」のシーンは書けない。あたりまえだけど方法はふたつあって「戦争」という要素自体をすっかり外しちゃうか、「戦争」を物語に取り入れた形で劇化するか。原作がそうなってるから、という理由だけで、シュチュエーションとしての戦争を持ってくるのはいずれにせよダメな気がする。ただただ「白痴」の快楽に溺れたい詩森としてはぜひ前者で劇化したいところだけれど、苦手分野のほうが戯曲が思わぬ方向に転がるかもね、という期待もあり悩む。そして9月にやるユビュ王も、乱暴にくくると「権力」もっと言ってしまうと「独裁者」の話なので、タイムリーすぎて、しかも戯画的なかんじが風琴の最も苦手な分野でもあり、いまから胃が痛い。「白痴」は「白痴」であまりに風琴っぽすぎて厄介なんだけど。まあそれは楽しい厄介さだから。

4月21日 Mon 日記再開

 お休みしていた「ろば日記」再開しました。とは言えオフなので特に書くこともなし。とりあえずは「白痴」執筆日記になるのか。「白痴」風琴工房版はユニークポイント看板男優の山路誠氏を迎え、そのほかは全員女優という布陣となる予定。進境著しい愛ちゃんを「ユニポイ」に取られるのはちょっと痛いが、松岡始めとする詩森フェバリットの女優たちを一堂に会した、マニア垂涎の1時間半となるハズだ。なんでもユニポイでは「白痴」ワークショップをやる予定みたいだけど、山路さんは「それにはこなくていいです」と言われショックを受けていた。あんまり負けず嫌いとは縁のない山田さん、そして詩森だけど、やはりここは「勝負」ということか。しかしタイトルロールともなる「白痴」の「女」を風琴の2大看板女優が連続で演じる以上、この「白痴」連続上演は「風琴祭り」とも言えるのではないか。負けられない。などということは実はあんまり考えてなくて、大好きな「白痴」を自らの手で劇化できることにただただ夢中な日々なのであった。