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怒涛の公演、終わった。何はともあれ、楽しい公演だった。やりたいことをやりたいようにやるのはいいものだ。誰にも媚びない、客受けも考えない。俳優にも恵まれた。いい座組みだった。ボンテージに身を包んだ女優たちのセンセーションな演技に話題が集中してたけど、ほんとはそんなことよりもっと過激な芝居を作りたかった。なのになかなかうまくいかない。自分が拙くて悲しくなる。それにしてもボンテージなんていまどき、ぜんぜんセンセーショナルじゃないと思うけど。
公演終わってから4つの芝居を一気に見た。ツマヅキノイシ、山の手事情社、シャンプーハット、青年団。山の手事情社の鍛えられたカラダにも、青年団の熟しきったカンパニーひいては創作の力にも感じ入ったけど、なんと言ってもわたしはシャンプーハット。「青空」みたいな解り易い話じゃないんだけど、この痛み、逃げてないかんじ。全身の毛穴から血が噴出しているみたいだ。時にタイクツなところもあるんだけど、それは青年団の周到に作られた「魔の退屈」より、わたしにとっては「魔の退屈」で、それはじわじわとわたしの神経を犯し、止まない雨にわたし自身の死体が漬け込まれてぶくぶく膨れ上がっていくみたいだった。なんてリアルな演劇。なんてリアルな閉塞。そしてすがりつきたくなるような一抹の希望。うつくしい。お願いだからカンタンに「わからなかったです」なんて、一行レビューとかに書かないでおくれ。まだわたしは観客に絶望したくないんだ。
謎の中国人から呼び出され、門前仲町のミスタードーナツでお茶をする。批評性をどこにおくかという話をする。モノを作るわたしたちの構えについて話す。ちょっと溜飲を下げ稽古場へ。そう。「ユダの食卓」の稽古は始まっているのだね。
達平くんと打ち合わせして、深夜帰宅。
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