■2004年3月の日記

3月31日 

■ついに3月も終わり。
■昼は芸団協の「これからの俳優教育」のシンポジウム。うーん。そゆことを聞きたいワケではなかったのだが。そのくらいのことなら痛いほど感じ、解っているから、1000円払ってお話聞きに行くんだよね。パネルディスカッションという形式より詳細な海外の事例の報告や、日本における養成所のあり方の提案等、もっと具体的なものであるべきではなかったろうか。
■稽古は休み。しかし詩森家で達平くんとマスコミ宛てのDM作業。細やかな作業が必要になりそうだし、意外に膨大な作業量なので、ふたりで仕事をすることにしたのだ。夜8時、達平くんがちょっとどーかと思うほどの物量の紙類を持ち到着。達平くんが作ってくれた様々な用途別の案内文を改訂し、黙々とプリンターで印刷する詩森。企画書を製本する達平くん。ノリづけが終わったときには朝の7時。
■そういえば夜中に達平くんが涙目で飛んできて、「小里さんから、小里さんから・・・メール来ました?」とアワアワしていた。どうやら小里くんから「デトロイトの弟が急病でこれから成田に行きます。票券管理はアメリカに転送してもらって行うので心配しないでください」というメールが携帯メールに転送されてきたのを真に受けてしまったらしい。「嘘だよ。ぜったい嘘に決まってんじゃん」と言ったら、「ああっエイプリルフールか」と崩れ落ち、相当のダメージを受けていた。詩森はエイプリルフールというのはスッカリ忘れていたが、小里くんのお子様な行いとは365日油断せず戦っている歴戦の戦士なので、そんなメールが来てもまず信じない。ちなみに詩森のところには共通の知人Mくんのことで、ここにはとても書けない極悪な嘘メールが来ていた。極悪ではあるが、小里くんの潜在的な不安が顕在化したような哀切な嘘だったので、ちょっとキュンとした。それにしてもなぜ信じる達平よ。カワイイ奴め。なんだかんだと21才。こどもだ。
■でもって爆睡。ほとんどオフなしの4月がはじまりますよ。

3月30日 

■ぴあに行き担当のMさんとお話。Mさんは風琴工房情報というか詩森情報にやたらと詳しい。なぜ俳優に渡した脚本を3度も大幅に書きなおしたことを知っているのか。なぜ目黒一中のワークショップ公演での「詩森鬼の目にも涙」事件を知っているのか。前者はグリング杉山さんによるリーク。後者は桃唄309制作岩佐嬢のリーク。なので詩森も「聞いてますよ。Mさんが『透明人間の蒸気』の宮沢りえ大絶賛だって」と言ってみる。ちなみにこれは杉山さんからのリーク。スギー小劇場界に小さく暗躍の春である。
■まあそんなこんなで「ぴあ」に行くのは楽しいのだが、「小劇場みるより大劇場に1万払ったほうがずっと面白いよね」と盛り上がってしまったのは多少悲しい。「エンジェルスインアメリカ」とアッカーマンの素晴らしさについて話し合う。がんばらないとね小劇場も。もちろん風琴工房もな。
■それからアゴラとアゴラ近くの郵便局で駆け込みの年度末作業。
■アゴラで能島嬢と会ったので、先日の「いき座」の話。「仁さん(エロチカの仁さんと能島さんは去年フラジャイルで共演)はどうですか?」と聞かれたので、「これがさー、カッコよくてさー」と言ったら「演出なのに呑気すぎる」と叱られる。でも稽古に行って4場をやったらやっぱり仁さんはカッコよかった。ふだんはちゃんと「エロ親父」の一面もある、正しい日本の中年男性の仁さんだが、なんといっても舞台に立ったらこっちのものだ。特に4場のとあるセリフにメロメロ。そのセリフが聞きたくてつい必要もないのにシーンを返してしまうほど。・・・これは確かに演出としてすでに機能してない発言だな。まあでも4場は芝居の心臓部とも言えるシーンなのでそれなりに頑張る。頑張りましたとも。
■それにしてもすごい豪雨。水槽のなかの魚のようなわたしたち。

3月29日 

■「ぼくは普通」を見に駒場アゴラ劇場へ。すごく好みのタイプの芝居、なので逆にいろいろ考える。うんうん。わかるよ。辛いよね。そう。たしかに生きづらいよ。そんな風にナイーブだとさ。
■でも、その先じゃん。などとも思う。
■それは希望を書けとかそういうことではなくて、たとえば山本直樹のマンガならもうちょっとそういうナイーブさに冷たいぜ、ってそういう意味でだ。そうしないと世界が閉じちゃう。作家の内面吐露だと思われちゃう。それだともったいない。そしてそれはきっとホンの問題ではなくて、演出・俳優・スタッフワーク含めたアウトプットの仕方の問題なように思った。
■これはどーでもいいことだけど、主役をやっていた柳沢くんという俳優は見た目もとても好みだし、演技も手垢がついてないかんじで素晴らしい。でもなんでか、見ながらこれでいいのかなァ、と思ってた。そしたら同じ芝居を昨日見たという松岡が稽古場で「でもあの子に抱かれたくないって気持ちはピンとこないよね」と言っていて、ああ、そうかそうか。カッコよすぎるのか。なるほどね。なんて思う。そんなのもちろん彼の責任ではない。だからと言って見ているのもグッタリするようなリアルな童貞くんではやはり世界が成立しないよね。むずかしいなあ。
■まあでもとても好みのタイプの芝居なので、またぜったい見に行くと思う。「いい芝居だなあ」と思うことはよくあるけど、「好み」なコトなんてさ、ほとんどないから。わたしの場合。
■でもって稽古。稽古に行っている。そう正しく稽古に行っている。これは稽古だ。ただそれだけのことが奇跡みたいに思える。俳優がちゃんと俳優の仕事をしてくれている。ついうっかり「ありがとう」と言いそうになる。言わないけど。
■だからこそ。
■わたしもちゃんと演出の仕事をしなければ。ちゃんとしろ。わたし。

3月28日 

■稽古がない日。
■人の日記を読んでいると、みんな読んだ本のこととか好きな音楽のこととか書いているのね。わたしはそういうのを書くのはわりと苦手。
■特に読んだ本や買った本のタイトルなんてほとんど書かない。なんでだろ。自意識過剰なのはもういまさら言うのもどうかと思うほど自意識過剰な私だけれど、それでも年をとってずいぶん自意識過剰じゃなくなってきた。だけどなにを読んでいるかはやっぱりあんまり書きたくない。
■読書するのはすごく極私的なできごとだ。わたしにとっていつもとても。
■恥ずかしくてならない。なのに、わたしのとある友達は、喫茶店で待ち合わせ等した時、本を読んでいると、「なに読んでいたの」と必ず聞く。いちど鞄にしまった本を取り出しタイトルを見せるわたしはおそらくとてもぶっきらぼうだ。たぶんいちばん聞いてほしい質問だから、そんなふうになってしまう。わたしにとって「わたしがなにを読んでいるか」というのは「わたしを見つけて」というのと同じ意味を持っているとでも言うのだろうか。もちろんどうでもいいような軽い小説やエッセイを読んでいることも多いのだけれど。でもそういうのも恥ずかしいんだよな。「いやいや今日はたまたまね」なんて言い訳したくなる。そんなに一大事かよ。そんなことがさ。
■読書と自分の距離がうまくとれていない。本がなくなったら世界が消滅してしまう。小さい頃からずっとそうだった。それがまた恥ずかしい。たかが本でしょ。たかが。なのに。
■「あなたの為すことは、ほとんど無意味であるけれど、
それでも、やらなければならない。
世界を変えるためではなく、
世界によって自分が変えられないようにするために」
■これはガンジーの言葉。無意味なことさえ為していないダメなわたしだけれど、世界によって自分が変えられないために、もしくは世界のために自分がどこまでも変わってゆけるように、たったひとつの手段として本を読んでいる。雨の日には窓枠にもたれて。晴れた日は電車の固い椅子の上で。
■さいきん割と気に入っている佃島のmiel CAFEでメイプルロイヤルミルクティーを飲む。カフェは好きだけど、みんなユーズドの家具を置いて、そのセレクションも似ていたりして、どこかおんなじ。テキトウな趣味のよさってなんとなくさみしい。miel CAFEもそんなCAFEのひとつだけれど、佃島の町屋みたいな町並みに面していて、オシャレでもなんでもない場所に忽然と現れる、そこが好きかな。ぼんやりお茶を飲みながら。稽古場が恋しい。そんな日曜日。

3月27日 

■昼は元祖芝居の素いき座。青年団の能島さんが出演している。そろそろ観劇が苦痛。集中できない。でもこれから4月のアタマにかけてはまだ結構観劇予定が入っている。耐えられるだろうか。
■能島さんに挨拶も出来ぬまま走って稽古場へ。
■昨日停滞した2場はどうも時間がかかりそうだ。少しづつやるかと長期戦の構え。とはいえ多少なり前へ進まなければと演出として多少の策は講じてみる。そして3場へ。いよいよ最後の登場人物足立くん登場。痩躯でヤサ男風の風貌だが、もともとは体育会系ということで、年上ばかりのこの現場では借りてきた猫のような足立くんである。しかし演技となると少しも遠慮していない。気が強くて負けず嫌いでとてもまっすぐ。うつくしい。そういうのは単純に見ていて気持ちがよい。受けてよし攻めてよしの児玉さんを相手役に伸び伸びと演じている。男優最年少にしてこの環境(詩森の演出はまあともかく男優の顔ぶれがね)、羨ましいくらいだ。得難い体験になればいい。わたしもがんばらないと。
■稽古後はもうたまらないかんじで飲みに行く。ああ、楽しい。ゴキゲン。しかしゴキゲンになりすぎておもに杉山さんと増田くんに呆れられる。呆れられるのはいいが「女児玉」と言われるのは心外だ。どこらへんが「女児玉」であったかは、児玉さんのプライバシーにも関わり社外秘。
■そんな中、今日はチケット発売日なのでした。ぜったいに面白いから皆さんチケット予約してね。待ってるわ。ラブ。

3月26日 

■稽古前、朝鮮語指導をしていただくユニークポイント劇団員の洪明花さんが稽古場に来てくださる。付き添いの山田さんもいっしょ。山田さんはほんとうにただの付き添いで、言葉を発したのは「(洪さんは)毒舌家なんです」と「今日のぼくの髪型、(桃唄309の)長谷さんっぽくないですか」のみ。そうして稽古がはじまるとそそくさと稽古場をあとにする。嫌いだもんね。人の稽古場。
■そして稽古。1場の続きと2場。いろいろあって2場は低調。今日は説教だけで終わったけど、明日はもっと策を練らないと。
■そんなこんなで飲みには行かず帰りました。

3月25日 

■昼は駒場幼稚園のミーティング。「まずは子供と遊ぶことから」というオーダーだけど、わたしにそんなコトできるんだろうか。「子供と遊ぶ」なんていちばんの苦手分野じゃないか。不安。
■寒いいちにち。なのでカラダを暖めるべく、アップではちょっと踊ってみたり。仁さんが踊り、児玉さんが踊り、杉山さんが踊り、増田くんが踊り、足立くんも踊る。というか無理やり踊らせる。面白いよ。ふだん舞台でどれほど見ていても飽きない俳優さんたちばかりが出演してくれているワケなので、アップからして見飽きない。というか、アップごときでこれほど楽しんでしまっていては稽古にならない。
■で1場からゆっくりとスタート。とは言え、いつもの稽古の何日か分はアッというまにクリア。というか最初からクリア。ダメ出しすれば次からはガラッと芝居が変わる。なので逆にラフにアバウトに作っていくことを心がける。緻密さよりグルーブ感のある芝居にしたい。逞しい俳優芝居となりますように。

3月24日 

■今日は稽古はオヤスミ。ついに桐生の孫のところに行くという舅と姑を送って北千住なんていうところまで。
■その後、インターネットナントカの取材で笹塚まで。内容がよくわからないまま行ったらなんかビデオがあって詩森が撮られるのであった。アチャー。舅たちに気を取られていて超イイカゲンな服とメイク、ボサボサの髪・・・どーにもならない。気持ちが沈んだまま収録を終えトボトボ帰宅。「ヒマツブシTV」とやらで1週間のちくらいにアップ予定。ブロードバンド環境の方にしかご覧いただけませんが、よかったら見て下さい。見て欲しくないけど。

3月23日 

■読み合わせ3日目。俳優のカラダが早くも動き出しそう。なので次回からシーン稽古にすることに。
■2時間弱の大作ですが、俳優があまりに面白いので飽きません。自分の芝居の稽古ではすぐ飽きてしまってたり、つまらなくて怒り出したりするわたしにしては珍しい。演出だというのにこんなに楽しんでいては、稽古のたびに入場料を払うべきなのだろうか、と思ってしまうほど。「重いテーマの歴史劇」という面ばかりが強調されているような気もしますが、風琴工房ひさしぶりというか初めてというか「エロ」に傾かない恋愛劇でございます。
■公式サイトのあの写真のあの雰囲気そのままの古きよき時代の日本映画的な恋物語。仁さんにまたそれが似合うんだよ。ちょっとどうかと思うほどに。ぜひともいらしてくださいませね。

3月22日 

■稽古。昨日ダメなかんじだった人たちはやはり帰れなかったようだ。読み合わせ2回目。止めずに行うつもりだったが、昨日軽く出したダメがひとつもつぶれていなかったのと、それが作品全体の流れを決定する大きな障壁となっているので、多少止めながら読み通す。全体的にはこれが初読みと言っていいスタートラインとなったと思う。この作品はここから作る。おもしろくなる・・・かもしれない。
■それにつけても、などと稽古のついでに書くことではないかもしれないが、ヤシン氏の暗殺は大変なことになるのではないだろうか。怖しい。

3月21日 

■「記憶、或いは辺境」いよいよ稽古入り。チーム別で研究発表をしてから読合せ。なんと平読みで2時間越えた。テンポが異常に悪かったとは言え、いったいどういうことだろうか。大作である。ラストがここにきて大幅に変わっていたので、皆びっくりしていた。そして懇親会。こりゃぜったい帰れなくなりそうだな、というダメなかんじの人々を捨て置き、終電で帰宅。

3月20日 

■高校生のためのワークショップin駒場高校。ワークショップ研の一年間の総まとめを兼ねた城東地区の演劇部のためのワークショップ。ワークショップ研のメンバーが8つの様々なワークショップを行い、生徒はそのうちのふたつを選んで受講する。
■詩森は午前中は荒木さんのアシスタント。カラダを動かす系のワークショップなのでとにかく動く。ほぼ徹夜だけど、動く。高校生の柔らかくて尖った感性とダイレクトに触れあい、疲れよりむしろエネルギーを貰って元気になった。
■エネルギーをチャージして、午後は自分のワークショップ。「梶井基次郎」の「檸檬」を事前に読んできてもらい、それを基にして創作をする、という非常にマジメで硬いワークショップ。
■レベルが高いですよ、との事前情報を受け、大人向けのワークショップ以上に芸術性の高いものを目指す。カンディンスキの画集を見せながら、抽象化と深化の過程について話す。講評も妥協せずわたしの能力の叶う限りで高度なことを要求した。しかし高校生たちはついてきたのであった。アシスタントの方たちの素晴らしいナビゲーションにも感謝したい。高校生側から引き出してください、とのわたしの指示によく応え、粘り強く対応してくれた。
■もちろんゲーム中心だったり、笑いがたくさんあるワークショップは楽しい。
■でも娯楽性ではないものを求める高校生だっているだろう。そういう高校生はたぶん孤独だ。現代という「軽さ」を好む時代においてはさらに。
■発表は驚くほど高度なものだった。高い抽象性、精神性。好むと好まざるに関わらずおそらくは「檸檬」の孕む微熱のそのただなかにあるであろう高校生たちの演技にドキドキした。かなわない。仲間の行ったそれに対する感想も素直で繊細で痛々しいくらい。そのこころの柔らかな部分をわたしの拙いワークショップのために戸惑いながらも手渡してくれた高校生たちに感謝。
■そして報告会。それから打上げ。楽しかった。今年いちねん、このワークショップ研究会からどれほど多くのものを貰ったろうか。
■しかし23時には辞去し、なんと美術打ち合わせin阿佐ヶ谷。長田さんが「決まらないんだよー」と苦しんでいた。今日のワークショップではないけれど、具象と抽象をどう融合させていくか、という難しい課題に取り組んでくれている。いよいよ始まる。

3月19日 

■あしたの高校生WSの準備のため図書館に行こうとしたその瞬間、「多慶屋に行きたい」と姑から言われる。た・・・「たけいや」か。
■連れて行き、孫へのオモチャなどを買う。
■なんとか図書館へも行くことが出来た。カンディンスキーの分厚い画集を借り出す。
■あしたは朝早いし、寝るか・・・と思っていたのだが、明後日から稽古開始という脚本のことが気にかかる。ラストがなんとしても決まらないのだ。
■書き始めたら、アッという間に朝。8時前には家を出なければならないというのに。トホホホホ。

3月18日 

■今日はク・ナウカの「ウチハソバヤジャナイ」を見てきた。全編宮城さん演出で見たかった。あと宮城さんにも出て欲しかった。美加理さんも大高さんも出るべきだったと思う。もっと全力を傾けるべきだったと思う。ナンセンスは難しい。初日ということもあり、ついていけてない人数名。そして我等が阿部さんはひとり恐ろしいほど気を吐いていた。ギャグはやっぱりリズム感なんだと思った。手を出すまい。風琴工房にナンセンスは無理だ。
■一緒に行った愛ちゃん、達平くんと共に劇場を出ようとしたらおくむらさんが佇んでいたので拉致してゴハンを食べに行く。近ごろ見た演劇について様々毒を吐いてから、帰宅。

3月17日 

■とある本を読んでたらさ、本自体はそんな面白いとも思わなかったんだけど、ミシェル・フーコーの言葉があってですね。哲学教師としてリセで教えるときに最初に必ず言う言葉だそうなのだが、ちょっといいなと思ったよ。というワケで、引用。
■「わたしは君たちになにも教えないだろう。哲学は知識ではない。哲学は、すべてを問題とする反省の方法だ。」
■その本によるとフランスのリセでは徹底的に哲学を教えるのだそうです。サルトルもボーヴォワールもいちどはリセの先生をやっているのだとか。世界を論理的に捉えていくための教育がなされているワケです。そんなコト、言ってくれる先生が日本にいる?あなたがまず論理的思考を学ぼうよ、なんて思ってしまう先生ばかりぢゃありませんこと?
■ちなみにフーコーというのは1984年に亡くなった心理学者にして哲学者。フランス人。有名なフーコーの振り子のフーコーとは違うヒトなので注意。そんな勘違いしているヒトいないか。まさか、ワタシぢゃあるまいしな。詩森が敬愛している松岡正剛の「千夜一冊」によると「フーコーは、近代以降の社会を呪縛しているのは主体の過剰な根拠化にほかならないことを見抜いていた」、とのこと。そう言われると、割と多くの知識人が(知識がない人は更にまっしぐらに)そこらへんでトラップに嵌っているような気がするなあ。
■そんなことを偉そうに書いている詩森。論理的思考は大の苦手。ぜんぶ日本の受験教育のせいだ。そうに違いない。など受験勉強もロクにしなかったくせに決めつけております。
■そんな話のあとに恐縮ですが、今日のお出かけは蒲田。
■蒲田に行って「家族亭」でソバを食べ、和菓子を買って帰宅。行きたいというならどこでも行くが、それはどうしても蒲田でなければいけなかったのか・・・。ナゾが深まる姑東京ライフ。そろそろちょっと疲れてきました。(笑)

3月16日 

■今日は午後から詩森は外出だと言ったら、「午前中は?」と追いすがられ、「いや劇団の仕事とかしたいから」とも言えず、近所のイトーヨーカドーまでふたりを連れて行く。なんかメガネを買ってましたね。詩森のしたことは「ピンクと紫どっちがいいかな」と相談されて「紫のほうがステキです」と言ったことくらい。あまり話は弾まない3人組なのだが、まあそれもあまりイゴゴチ悪いワケでもなく、お昼ゴハンなども購入し、帰宅。
■で、達平くんと折込み。本チラシできました。ステキですよ。今週はフライングステージ、ク・ナウカ、アゴラ劇場等でゲットできまする。
■そして帝劇前で松岡をピックアップして「エリザベート」。
■まあね。華やかでとても楽しかったですが、どうでしょうか。コスト・パフォーマンス的には。ハムレットの10000円は惜しくないと思ったけど、今回はちょっと惜しい気もしたな。払ったのはずいぶん前だから忘れてるけど。
■なにより噂のトートダンサーがいまひとつだったのにちょっぴり落胆。やはり振り付けが大島早紀子さんでないのが敗因なのか。そしてものすごく楽しみにしていたラストの人柱トートダンサーズが見られなかったのはほんとうに残念。あと、照明のカットアウトのタイミング、ほとんど全部失敗しているのは演出の問題だろうか。生オケもなあんかチープだったしね。
■そしていちばんの問題はたぶん、エリザベートの人物造形に失敗していることだと思う。エゴイステックに描くのはいいけど、タイトルロールなんだから魅力的ぢゃないと。綺麗なんだけど、内面性、精神性が感じられない。照明や不思議な電飾の美術や戯曲表現含め、演出に問題ありではないかと、恐れ多くも思うワタクシ。こう見えても一流どころのミュージカルは若かりし頃にほとんど見てますからね。どーも納得できません。
■同じく初見の松岡さんも深くするか、バカバカでいくかどっちかにしてほしいよね、と言っていた。
■あ、でもとてもいい席だったので、内野さんのトートは堪能したよ。華やかだったなあ。なのに存在自体が無駄なかんじで、いいですね。トート。わたしの中では青年団制作のM尾さん(ほぼ実名)がイメージだね。M尾さんにぜひやってほしいよ。トート。ぜったいステキだと思うんだけどなあ。
■どーでもいいことだが、達平くんに「脚本、もうすこし書きなおしていいかなあ」と言ったら「マジ?」と言われた。ええマジです。いいじゃんか。芝居よくするためなんだからさ。そんな火曜日。稽古入りまであと5日。

3月15日 

■で、家に帰ってきたら舅と姑が来ていたのでした。
■割と好き勝手アチコチ出かけるふたりで、昼はとっとと出かけて夕方帰る、みたいな気ままな過ごし方をしていた人たちなのですが、80歳もとうに越え、また門前仲町という地下鉄がクロスする交通網や、何より巨大すぎる我がマンションに馴染めないようで、「ひとりでは出かけられない」という事態に。
■なので今日は朝9時から仲御徒町の多慶屋に。巨大なディスカウントショップの走りのようなアノ。そして食事をして、1時には帰宅。ふーむ。時間の感覚がぜんぜん違うよ。そして、様子を見ているとやはり相当年を取ったという気がして、これはこの1週間はトコトン付き合うことになるなと覚悟。なんと言っても姑はショッピングするために東京に来ているのでね。まあでも80代も半ばでショッピングへの欲望があり、実際出かけて店を見て歩けるというのはありがたいことではあるな。
■それに懸案だった戦時中の庶民の生活とやらもいろいろ聞けるし。
■そうそう。次回風琴工房は第二次世界大戦下の日本の話なんですよね。
■夜はそんな舅、姑をほっておいて明神さんのWSデモに記録係りとして。すごい人数が和室に溢れ、人を捌くだけでタイヘンそう。帰りは亀戸の文化センターにお勤めというMさん、徹夜あけでボロボロのワークショップ研コーディネータの吉野さん、昨日ライブでお疲れ気味のアナザーワークス、わたなべなおこちゃんと下北沢のそれはそれは美味しいピザハウス「ロクサン」で食事。ひさしぶりだったけど、やっぱり美味しかったなあ。夢のアンチョビオニオンを食べましたよ。

3月12日〜14日 

■どんどろさんのワークショップに行ってきました。
■粘土をこね、石膏で型を取り、和紙を重ねての本格的な仮面作り。
■どんどろさんはお人形を惜しげもなく触らせてくれるので、清姫と小町とお七と、たっぷり遊び、拒否され、溶け合い、夜はいっしょに眠るという3日間。(一緒にオフトンに入ったワケではないですよ。枕元において寝たのです。)
■水は美味しく、お弟子さんの美千香さんの作ってくれるゴハンも何もかもが美味しい。シンプルでからだにも良い食事を取って健康になったかんじ。
■最終日は自分の作った仮面で人形と共に作品作り。どんどろさんが相手役を動かしてくれてりもして、どうです。贅沢でしょう。
■そして、どんどろさんの家には猫が9匹。これがまたかわいらしく、人なつこい。ミーコ、次郎くん、ななちゃん、しおりちゃん、金太くん、じゅん、たく、ちゅう、五郎くん。ブチが5匹、キジトラが3匹と毛色にバラエティが少なく、帰るころ、ようやく顔と名前が一致したよ。

3月11日 

■脚本作業が一応終わったということをようやく体が認識したらしく、異様な疲れに襲われる。ほとんど動けない状態。そういえばここ2週間くらい殆ど寝てなかったもんな。それでもあんなに元気というのは、わたしのアドレナリンの分泌量ってぜったいおかしい。
■疲れのせいで近くのヨーカドーさえ行けなかったので、ありあわせで夕食。そのあと、なんとなく片付けなどはじめる。前にもこの日記に書いたハイテクゾウキンは役立つことがその後判明したが、どういうことかというくらい力がいる。吸盤がついているみたいだ。
■夜、10時ころ、ようやく閉店間近のヨーカドーに行き食材などを買う。
■明日は早朝から長野に行くのだ。どんどろさんのワークショップ。稽古入り前のこの時期にいったい何をやっているのか。
■でも楽しみでならない。
■というワケで3日ほど東京を留守にいたします。行って来ますよー。

3月10日 

■子育て支援の発表会。3つのチームが前編、中編、後編を担当しての「ロミオとジュリエット」全編上演という壮大な企画。とそりゃあ各チーム錚々たるプロが入っているにしろ、この多様で自由な表現のありようはなんだ。わたしは最後の創作はリーダーだったので、見ているだけで関わっておらず、そのクオリティの高さに軽くショックを受ける。もちろんいい意味で。おもしろかったなあ。
■で、そのまま会場で打上げ。絨毯の上でノンビリと。たくさんの赤ちゃんもいっしょ。受講者間の意外な係わりが判明したりする。いい打上げだった。癒された。スゴイね。やっぱりお母さんってさ。
■夜は劇団のワークショップ。本稽古前はこれで最後。
■舞台監督の松下くんが一瞬現れる。諸々打ち合わせ。相変わらず仕事が早いよ。
■でもって、「美打ちはできたらエンドレスで出来るように夜(正確には深夜)にしてもらいたい」とキッパリ言われる。ああ、やはり阿佐ヶ谷あたりで帰れない日々が始まるのか。(美術長田さんは阿佐ヶ谷、松下くんは荻窪、制作達平も荻窪。詩森だけ江東区民。)まあ、そんなこと言ってくれるスタッフさんはそうはないので、ありがたいコトではあるな。
■いろいろやって盛りだくさん。ああ、ワークショップはもういいや。20日に高校生向けのワークショップという山場があるけど。そういえばどんどろさんのワークショップもあるけど。早く稽古がしたい。わたしは稽古が好きなんです。脚本書きは実はそんなに好きじゃない。稽古するには脚本が必要で、いい本書かないと俳優がノッテくれないから一生懸命書いてるだけで。

3月9日 

■またほとんど寝ないで執筆。
■昼から山内さんのデモワークショップ。完成度の高いデモなので意見なんてないよ、とも思ったが、まあそれでもワアワアと意見が出るのがワークショップ研である。
■あい・ぽーとに行き、Sさんと明日の発表会の準備。ちょっと劇場っぽくなった。本格的だ。楽しみだなあ。
■帰ってきてまた手直し。
■ああ、もうしかしこれで稽古に入ろう。
■いろんな人に手伝ってもらった。ひとつひとつの意見がほんとうにありがたかった。そして夢中で書いた。眠ることより食べることよりこの作品のそばにいたかった。
■劇作って、面白いんだなあ。思えばこれまで雑に書いていたなあ。できることならもう少し上手になりたい。努力しよう。戯曲をたくさん読もう。

3月8日 

■盛岡から直接トランクを引っ張って、ユニークポイント「トリガー」へ。
■ここ数作のユニークポイントの作品の中ではよかったと思う。山路さんを中心とした俳優のアンサンブルがよかった。
■しかし劇作という点で佳作に留まったという感がある。一点でいい。こちらの予測を裏切る痛切ななにかが欲しかったと思う。
■そういうところに目が言ったのも作品として緩みない世界を構成することに成功していたからだろう。劇作の時点でもう少し粘ればしかし、もっといいものになったハズだ。そのように思った。
■ちょうど来ていたort.d.dの倉迫さん、ジンジャンの中島とお茶。中島さんはえらく消耗していたが大丈夫だろうか?心配だ。

3月7日 

■今日も一日戯曲塾。
■受講生のうちのひとりが非常に面白い感覚の持ち主で、どんどん会話が面白くなる。もうひとりは詩的なシーン設定なのに、詩的言語を持っていないのが辛いところだ。これは設定を変えるようアドバイスするのが正解だったかもしれない。しかしその設定のまま進めてしまったので、どうにもならないことになってしまった。時間切れ。
■その面白かったほうの受講者はあわや優秀賞というかんじだったが、残念ながら取りこぼす。ふうむ。残念。
■まあでも教えることと言い、別役さんの基調講演といい勉強になりました。こんな講師でゴメンなさい。でも楽しかったです。マル。

3月6日 

■脚本書いていたら朝方になる。今日は仕事で盛岡まで行かなきゃならないのに。でも甲斐あって暫定的完成。
■で、9時の新幹線に乗って盛岡へ。劇作家協会でやる戯曲塾みたいなのの講師をやるのだ。盛岡出身だから、と理由だけで呼んでいただいたような気もするが大丈夫なのだろうか。
■しかし途中で新幹線が止まったのにはビビッた。わたしの故郷は3月というのに豪雪だったのであった。
■6人の講師が2名づつ受講生を持ち、一泊2日で10分程度の戯曲を書くというのが、今回の戯曲塾。いやはやタイヘンだよ。やっぱりわたしには無理だよ。戯曲教えるなんて。
■でも懇親会は楽しかった。いろんな人がいるなあ。劇作家。
■中でも演劇界の巨人、別役実さんといろいろお話させていただいたが、もうなんというか国宝みたいなかんじだった。演劇人としてはもちろんだけど、なんか人間として、面白すぎる。浮き世にはなにも興味がないかんじ。浮いている。5センチメートルくらい。詩森のツボど真ん中。ずうっと見ていたい。いっぺんで大ファンになってしまったよ。大の男たちが「別役さん、これは」「別役さん、ここをご教示ください」と子供のようになってしまうのもまたステキだったなあ。

3月5日 

■さすがに今日は寝て、それからシアターガイド。新しい担当のHさんと長々お話。
■カフェで達平くんと打ち合わせしていたら、チラシデザイナーの岡田さんから驚愕のメール。コピー的にとある言葉を表に入れたいというメールだったのだが、それはあまりにインパクトがありすぎる。ちょうど恵比寿にいたこともあり、「まずはその意図を聞かねば・・・」と六本木の事務所にお邪魔することにした。岡田さんはしかし、特にその言葉に拘りがあったということではなく、「日本語入れようかな」というちょっとした思いつきだったらしい。思いつきでアレを入れてしまうあたりがファンキーだ。真似できない。
■しばらく話して、これならいいかな、というワードを組み入れる。タイトルも裏の文章も不鮮明なところがあったが、全体の説明ともなり、チラシの意図もクリアとなり、どこかミステリアスでもあり、いいアプローチとなった気がする。劇団にとっても新機軸、勝負作なのだ。振り切っていかなければ。

3月4日 

■最後の最後を書きあぐねて夜が明けてしまった。ラスト5ページ。このわたしの逡巡は主人公たちの葛藤として立ち現れてくれるのか?劇作なんてそんな甘いものではないにしろ。
■タイムアップでプリントアウト。それをトランクに詰め込んで、まずは千川に横山ワークショップデモ。運動量のあるワークなので、倒れるかと思ったが、やはり横山さんのワークショップは面白い。歴戦の戦士というかんじですね。
■そしてギリギリセーフで劇団ワークショップへ。今日もミッチ・ブランチ。すごいよ。今回の俳優たち。発表はかなりエキサイティング。いいメンバー。もうすでにして大好きなメンバーだ。この人たちと今回は作る。ワクワクする。
■ラストが未完成の戯曲を渡し、キャスティング発表。第1稿は渡してあるので、みんな自分の役がなにかについてはいろいろ考えていたと思うが、おそらく全ての人の予測を裏切ったキャスティングだったはずだ。しかし決めてしまうとこれ以外には考えられない、スッキリとした布陣となった。キャスティングはなんといっても命なので、うまく機能してくれるといい。

3月3日 

■朝5時ころまで執筆。仮眠2時間。
■そして子育て支援ワークショップ。発表に向けて会場は加熱。詩森はしかしリーダーなのでどこのチームにも所属しておらず、ポツンとひたすら待ちの体制・・・。寂しい。しかし、どこのチームもなんだかとんでもないことになっている様子。面白い。それにしても創作しているときのアナザーワークスわたなべなおこちゃんの幸福そうな顔はそれだけで見ているこちらも嬉しくなる。あんなキュートな演出家が稽古場にいたらさぞ楽しかろう。そしてそのチームにはキュートさでは更に上を行く桃唄309の長谷さんがいる。長谷さんのキュートさはハッキリ言って反則だ。リズムの裏でもなく表でもない絶妙に外れたところで入るラップをぜひとも皆さんにもお見せしたい。発表は来週。ロミオとジュリエット全編上演。さてどうなるか。
■それから燐光群「だるまさんがころんだ」を観にスズナリへ。「屋根裏」のときには有効に機能していたオムニバスを重ねていく方式が今回はどこか上すべり気味に感じられ、それはなぜなのかしらと考える。
■人物が記号化されることが有効な物語もあれば、そうでない物語もある。
■「屋根裏」はそれが有効で、今回はうまくいっていなかった。方法とそれが語る対象が噛みあっていなかった。そのようにわたしは思ったが、それはまだ直感のようなもので、それがなぜかはまたゆっくり考えたい。けれどきっと、「最後のひとりまでが全体である」のような骨太な物語が今回のテーマでは見たかったのかもしれない。
■演出の素晴らしさはしかし、目を瞠るものがあった。暗転というのはあのように使えばなるほど確かに有効なのだ。バミりはほとんどなく、足音ひとつ聞こえない。その中で魔法のようにたち現れる俳優たちよ。
■家に帰るとチラシのデザインが上がっていた。スゴイ。凄すぎるよ。吸いこまれるような素晴らしいデザイン。迷いのない岡田さんのデザイン。大好きな上杉さんの写真。完成は1週間後か。
■そして、執筆。またも朝方まで。

3月2日 

■更にずーっとパソコンの前。またも家から半歩さえ出ず。
■そうこうしているうちにも劇団員から感想のメールを何通か。「感想言ってない人はお願いね」と依頼してあったからだけど、なんというか、率直に言って、あまり役には立ちませんでした。風琴工房は比較的価値観を共有しているヤなかんじの劇団なので、そりゃ違うだろ、ということは書いてきませんが、やはり印象批評の域は出ない。そこから一歩出た感想なり意見なりを言えるようになるのも俳優の教養という気もするけど、いかがなものか。
■夜半、明日の観劇を口実に達平くんに電話し、また戯曲の相談。人とちゃんと話すのも久しぶりだったので、はしゃいでいたら怒られた。なのでこれからまた書きます。木曜日には俳優に渡す予定。最後の坂はキツイ・・・かも。

3月1日 

■昨日の夜からズーッとパソコンの前。新しい登場人物と格闘。時折、資料集めにネット。そんな中、ワークショップ研の報告書も書かねばならず、そしてなぜだかわたしはやたらと書く量がある。脚本に集中したいのでまずはそいつをやっつけて、また脚本。
■気付けば一歩も家から出ずに夜。そういえば雪が降っていたっけなあ。