■トップスカフェで来年度以降のとあるお仕事についての打合せがあり、出かけたのはいいが、なんと家に財布を忘れ、駅員に「でももう行かなきゃならないんです」と訴えたら降りる駅で精算してください、と黄色い切符を渡される。待ち合わせしていた達平くんにお金を借り、叱られながら精算。この場合、叱ったのは駅員ではなく達平くんである。おかげで無事打ち合わせには遅刻しなくて済んだ。これが本決まりになると、とんでもなく忙しくそして気の抜けない一年になりそうな気がする。
■その後、早稲田で行われる演劇学会のプレイベント「サラ・ケインを巡って」に行く。サラ・ケインの「渇望」という「4時48分サイコシス」の源流となったという作品のリーディングとそれにまつわるシンポジウム。こんなもの誰も知り合いは来ていないだろうと思ったら、知り合いばかりでビックリした。リーディングの演出を第三エロチカの川村さんが行っている関係で、ほりゆりちゃんや小高さんがいたし、青年団の松尾さんがいたし、山の手事情社の女優さんで昨年サイコシスに出演した内藤さんがいたし、演劇研究者で松岡の知人でもあるIさんも来ていた。それぞれ来る理由は明快なので、むしろ私がいるということを皆に怪しまれた。まあそりゃそうか。わたしはサラ・ケインの初期の作品は気になるれど、「サイコシス」とか今回の「渇望」はそんなにいいとは思わない。サウンドの美しさを追求した作品を日本語でやるのも無理な話だと思う。実際、原版をチラッと英語で聞いたときのほうがずっと美しかった。英語、よくわからないけど。川村さんは「サラ・ケイン伝説(サイコシス脱稿直後に自殺)には拘らず演出したい」と言っていたけど、サイコシスという作品の魅力のかなり大きな部分をその悲劇が担っているのは確かだと思う。それでいいのではないかとも思う。今現在わたしが取り組んでいる原民喜も「心願の国」を書き上げたその夜、鉄道自殺している。「心願の国」は美しい。しかし、これを書いて死んでしまったのだ、と思わねばそれは、あまりに潔癖でそして自己愛的な世界である。
■そんなわたしがなぜそのシンポジウムにいたかというとパネラーのひとりである精神科医の斉藤環さんの著作のファンで、共通の知り合いである山登さんから紹介してあげるよ、と言われていたからである。ちなみに山登さんは演劇評論家にして現役の精神科医にして東京乾電池の制作さんという不思議な人だ。そして詩森が斉藤環さんのどのくらいファンかというと昨年6月8日の
ろば日記でぜひ誰か会わせてくださいと書いているほどである。まあそんなの叶うハズないと気楽に書いたのに、会えることになってしまい、思い切り舞い上がっているうちに今日の日がやってきたというワケなのだ。舞台上で見る斉藤さんはサイボーグチックなムードの鋭利な刃物のような方で、シンポジウムでもその後の酒席でも斉藤さんの話はたいへんに面白く刺激的であった。しかもその酒席は、現役の精神科医ふたりに詩森という取り合わせ。おふたりにとってはともかく、わたしにとって楽しくないワケがない。ということで、たいへん素晴らしい週末の夜でしたわ。