■朝から筑波付属駒場高校向けWSのプレゼンテーション。山田さんがPCがクラッシュしたと言っていて、悲しそうだった。例え人のことでもPCがクラッシュしたという言葉には常に自分のことのように悲しくなる。なぜだ。
■でもって、森美術館に行ってみる。目的はイリヤ&エミリアカバコフ展。まあついでにMOMAも見ておくか、と。イリヤ&エミリア・カバコフ展はコンセプトアートの最たるもので、というのは作り物が比較的雑で、魅力に欠けるからそう思ったのかもしれない。でもコンセプトについてのレジュメを読んで、ちょっと泣きそうになったりするあたりが現代美術は油断ならない。
■ついでに見たとは言え詩森好みのラインナップを集めたMOMA展はしかし、わたしはぜんぜんグッとこなかった。というか、MOMAってあんなダメダメなコレクションばかりなの?なんちゃってピカソやなんちゃってシーレや、なんちゃってモネや。まあモチロン本物なんでしょうけど、出来の悪い作品ばかり並べられている気がして作家に気の毒だった。そしてこれを置いておけばなんとなく現代アートでしょなウォーホルのハインツ缶のダンボールやら、なんとも魅力に欠ける。場所のせいかなあ。思っていたより空いていたのは良かったですが。
■大好きなキーファーとかもあったんですけどね。あの今はなき西武美術館でキーファー展での感動には遠く及ばなかったなあ。というワケでMOMAがダメなのか、それとも今回の森美術館セレクトがダメなのか、とても知りたい詩森でありました。いつか行くぞ。MOMA。
■そしてどーでもいいコトだけど、ミュージアムショップ多過ぎだよ。森美術館。商魂たくましいのも程度問題。品がなさすぎる。ディズニーランドじゃないんだからさ。ま、でもいいか。何気に初六本木ヒルズだったしね。
■そしてようやく本日のメイン・イベント。俳優座プロデュース「ハロー・アンド・グッドバイ」。北村有起哉くんと久世星佳さんのふたり芝居。1幕はタイクツでタイクツで、ああ、高いお金払ってまた失敗してしまったのか・・・と泣きそうだったけど、15分の休憩挟んでのニ幕はこれはもう文句なく面白い。確かにね、外国人独特の戯曲の多弁さがちょっとウザイかなあ、と思ったりもしたけど、それを割り引いても、とても素晴らしかった。南アフリカの片田舎、アパルトヘイトの国のプアーホワイトの姉弟の話。俳優というのは、そんなわたしたちの日常から掛け離れた存在にリアリティを与え、その他者の人生にこちらを巻き込んでいくことができるスゴイ職業なんだな、と北村有起哉くんを見ていて改めて思った。前半、娼婦を生業としている女の類型的な演技が鼻についた久世さんも、ラストあたりは有起哉くんの熱が伝染したかんじで良かった。そして戯曲。父親はもう奥で死んでいるというオチは最初からバレバレだし、南アフリカという地域的な特殊性を別すればそれほど目新しい脚本ではないように思うんだけど、有起哉くん演じる弟が「恥ずかしいんだ。孤独であることが。慣れていないから。」と言った瞬間にもう解釈なんてどうでもいいや。この戯曲には降参だ、と思ってしまった。「孤独が辛い」でも「悲しい」でもなく、「恥ずかしい」。このみずみずしいしかし突き放した感性よ。泣いたよ。わたしは。横たわってそのセリフを吐く有起哉くんは痛々しく、それだけでチケット代払ってもいいと思うほど。クリエイターから一観客になり果てる瞬間は幸福でございます。タイトルの由来ともなっているお姉さんの最後の長セリフが蛇足に感じられるのはまあ仕方ない。ていうか、あんなセンチでウェットな演技させちゃダメじゃん、と思ったのはわたしだけなのかしら。残念ながらこの演目、もうチケットは売り切れみたいですが、再演の機会などありましたら、ぜひ。
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