IBAHのテラス

IBAHのお部屋のこれでテラス部分だけ、いやはや。


1999年6月6日 バリ1日目

朝5時起き、7時の成田エクスプレスに乗るべく、6時に家を出発する。 いよいよ今日はバリ出発の日だ。昔から、楽しみなことがあると夜も眠れなくなる恐怖のアドレナリン女、通称「アドレちゃん」こと詩森。海外旅行慣れしていないせいで、さらにパワー倍増というかんじになってしまい、自分でもさすがにそのエネルギーを持て余すこの一週間だった。被害甚大だった今回の同行者菅原さん(詩森夫)もようやく出発となってさぞやホッとしているに違いない。このところ曇りがちだった顔が苦手の早起きを余儀なくされたにも関わらず、気のせいか晴れ晴れとしているように見える。しかし、なぜバリなのか。ガムランが好きだから、というのはもちろんあるんだけれど、南国リゾートなんていうものには昔から興味もなく、海嫌いの詩森がバリ行きを決意したのはワケがある。バリの虜になっている友人が何人もいること、そして、その人たちに人間としての共通項がこれと言って見受けられないこと、そしてバリのことを訊ねた時、一様に返ってくる「バリはいいよおー」という返事と遠い目に、好奇心が目茶苦茶刺激されたからに他ならない。そんな多様な人種を捕らえて離さない、バリとはどんなところなのか、ぜひともこの目で確かめねばと、アラスカのオーロラツアーに行きたい、と主張する菅原さん(詩森夫)を説得して機上の人となったワケである。機中では、ひたすら「旅行に役立つインドネシア語」の本を読み耽る詩森。印を付け、繰り返し暗唱し、さながら試験勉強の趣である。隣でその鬼気迫る様子を見ていた菅原さん(詩森夫)は「ああ、またアドレナリンを無駄に生産しているよ」と少々呆れていたらしい。しかし、彼は、そして当の本人の詩森もそれが無駄な努力ではなかったことを後で思い知ることとなる。午後4時30分、バリ、デンパサール空港に到着。旅行社のピックアップで今日からの宿泊地ウブドに向かう。ちなみにウブドは山の中にあり、バリ芸能のメッカでもある。車中でHIS社の現地ガイドから明日が選挙で殆どのお店が休みであること、その次の日は祝日でやはりお店は休みであること、そしてさらにその次の日がお祭りで、やはりたくさんのお店が休みであることを聞かされる。ガーン。まあ、こんな時期に来る私も悪いんだけどさー。(でもホントはそんなことなくて店はだいたいどこもやっていた)そうこうしているうちにウブドに到着、もっと閑散とした田舎町を想像してたら結構賑やかじゃんねーと思っていたら、車は不意に街道から暗がりの方向に曲がっていく。暗闇に浮かぶろうそくの光、まさに幽玄、えーなになにここーと思ったらそこがウブドでの宿泊地「IBAH」であった。あずまや風になっているエントランスでチェックインを済ませ、部屋に向かう。扉が放たれ、その全容が現れた時、詩森の脳裏に浮かんだのは、「分不相応」まさにその言葉であった。そこは信じられないくらい広々としたテラスのついたコテージ風の作りになっていて、バスルームですら東京の我家のリビングより更に広い。その広い風呂場がじゃあんと大理石。まさになんじゃこりゃーである。うやうやしく運ばれてくるウェルカムドリンク。そしてセッティングされたあれがウワサのウェルカムフルーツ。ベルボーイが去った後、テラスのソファにポツネンと腰掛け、これぞ借りてきた猫状態の詩森と菅原さん(詩森夫)であった。日本でも旅行の際には安い民宿にしか泊らない私たちである。今のマンションを借りようとした際「家賃払えるんですか?」と不動産屋さんから言われなき侮辱を受けた貧乏くささ世界一の菅原さん(詩森夫)である。ああいくら初のバリで舞い上がっていたとは言え、分相応のロスメン(バリ風民宿)とかにしとくんだったよ、と今更ながらに後悔をする。ちなみにここは「IBAH」では一番ランクの低い部屋である。これ以上があるなんて、いったいどんな世界が展開しているのか、とそら恐ろしくなった。しかし、これから4日間はここで過ごすわけである。気を取り直し、ホテルのレストランで食事をする。大理石総ガラス張りのお風呂に身をひたし旅の疲れを癒す。あるということは知っていてももちろん寝るのは初めての天蓋付のベッドとゆー奴ににおそるおそる横たわる。あとはしっかりとした眠りが訪れた。こうして詩森のバリ一日目は終わったのであった。



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