先日、バリ日記を読み返していて、我ながらミーハーかつエネルギッシュでびっくりした。「なんだこの元気な女、あたしは知らんぞ」てなものである。しかし、悲しむべきことに、詩森とって旅行に行く、ということはイコールおのぼりさん珍道中、を意味する。しかも、バリはこれでも詩森的には優雅にのんびりとした旅だったのだ。
ここで思い返されるのは1年前のヨーロッパ旅行である。このヨーロッパ旅行は、詩森の人生でほぼ始めての海外旅行であった。ほぼ、というのは、その前にハワイに、しかも家族旅行で行ったことがあるからだ。しかし、この時はワイキキというステイ先、その上「ハワイでいちばん貧乏な日本人(推定)」という経済状況(この窮乏ぶりはそれはそれでかなり面白い話なんだけど、ここでは省略)であったため、とても海外旅行をした、とは言えないものであった。それでいきなりヨーロッパ旅行。確かに自分を失う位はしゃいだが、それまでの不遇な人生を思うと無理のないことであったと思う。というわけで、この「ろばのよーろっぱ紀行」は1998年6月のヨーロッパ旅行でアドレナリン無限製造機械となった詩森がどんな行状であったかを記憶のあるうちに書き残しておこうという試みである。
ところでこの旅行、カンのいい方なら気付いていると思うけど、実は新婚旅行であった。優しいといえば聞こえがいいが、優柔不断を絵に書いたような菅原さん(詩森夫)が「どこでも君の好きなところに行っていいよ」なんてことを言うもんだから、「そ、それは、せ、世界中どこでもということ?」と舞い上がってしまい、行き先決定までがまず一大事であった。
ヨーロッパ、これは比較的すぐ気持ちが固まった。しかし、とは言え、ヨーロッパは広い。長年の夢であったのは、スペイン、イタリアだったのだが、イタリアはブームだし、みんな行ってるしなあ、と、人並みはずれたミーハーのくせに、「ブームには乗りたくないんだよね」という中途半端な演劇人としての見栄を丸出しにして、今ひとつ気持ちの乗らぬ詩森である。では、北欧、しかし、フィヨルドとか海賊船とか見てもなあ、あたし、美術館に行きたいんだよ、北欧じゃムンクくらいしかいないじゃないの、ムンクは去年世田谷美術館でイヤっちゅうくらい見たしなあ、でも、フランスもありきたりだしなあ、イギリスだってゴハンまずいって言うし・・・などと、ここには書ききれないほどどうでもいいことで悩み、相変わらず「どこでもいいよ、君のいいところで」などと呑気なことを言う菅原さん(詩森夫)を「君はどうしてそんなに主体性がないんだ!!」などと叱りとばす始末であった。
しかし、詩森は知っている。菅原さん(詩森夫)はほんとうはギニア高地とかアラスカオーロラツアーとかに行きたいんである。いくら詩森が通好み風の旅行をしたいとはいっても、新婚旅行がギニア高地ではやっぱり辛い。だから、とりあえず菅原さん(詩森夫)の主体性は次の機会に登場を願うこととして、毎日毎日、自分が行きたいところのことばかりを考え続けた詩森であった。結果、ヨーロッパ中世都市が見たい、という菅原さん(詩森夫)の要望を取り入れ、「ウィーン・プラハ・パリ」というアウトラインが決まったのであった。
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