| 人はなぜ石庭で石を数えるのか? |
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5時に起きて羽田空港へ。そう今日から3日間、冬の京都に行くのだ。飛行機とは豪勢、と思うかもしれないが、パックツアーにすると新幹線で行くより飛行機のほうがずっと安いのだ。関西方面は近畿日本ツーリストがオススメ。2泊3日でなんと25000円。まさに「デフレ」だねえ。 京都に着いてまずは石庭で有名な竜安寺へ。京都には他にも石庭がたくさんあるけど、やはりここの石庭はなにか特別なかんじがする。世界各地の名所旧跡と比べても、類い希なる抽象性。日本人って昔は凄かったのかも、なんて思ってしまうよね。 でもどうしてここにくる人は石の数を声を出して数えてしまうのだろう。わたしがいた間にも、女子高校生たちが大声で石の数を数え、上品なご婦人も石の数を数え、外国人夫婦も石の数を数え、引率するガイドや先生も得意気に「石を数えてみて下さい」と言っていた。知らない方のために一言レクチャー。ここの石庭は15個の石で構成されているのだが、どこから見ても必ずひとつ見えない石があるのだそうだ。実際数えるとほんとにそうなんだけど、この素晴らしいお庭を前にして石を数えることばかりに熱中するというのもどうかと思うがいかがなものか。 でもまあわたしもさ、声にこそ出さないけど、数えちゃうんだけどさ。 |
| 苔寺はあたかも火曜サスペンス風に |
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その後、西芳寺の拝観時間に間に合うようだったら、広隆寺に行きたかったが、あと100メートルで広隆寺というところで、時間がなくなりちょうど来たバスに乗って西芳寺へ。西芳寺は通称「苔寺」と言って、苔のお庭で有名なお寺である。苔の保護が大変らしく事前に往復葉書で拝観申し込みをしなければならない上に、拝観料を3000円もとられる。しかし、やはり一度は行ってみたかったので、まあ、冬に行くのはどうかとも思ったが、今回思いきって拝観申し込みをしてみたわけだ。拝観時間までキッチリ指定されるので、遅刻はできない。 無事遅刻はせずに西芳寺到着。まず葉書のチェックがスゴイ。なんかゴッツイ門のところにどこかしら西洋風の修道衣にネクタイという怪しい出で立ちの職員に葉書をチェックされる。まるで「アイズ・ワイド・シャット」の乱交パーティーの館みたいだ。葉書持ってない人、ニベもなく追い返されてたし。そして、いきなり本堂に連れていかれると、目の前には筆と硯。そして「般若心経」が書かれたプリント。…庭見に来ただけなのに、なんだこの仰々しさは。 不安も最高潮に達したころ、ひとりの僧侶がしずしずと現れる。そして「皆様もご唱和を」と言ったかと思うと、やにわら「般若心経」を唱えはじめた。ご唱和だ。ご唱和しなきゃならないワケだ。配られたプリントを見ながらオタオタと「ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー」と般若心経を唱和する詩森、そして菅原さん(詩森夫)。それから、くだんの筆で護摩符にお願い事を書いて奉納する。こうして、3000円の拝観料、ダテじゃなし、というところを見せつけたところで、うやうやしくお庭にご案内され、説明を聞いた後、お庭を自由に散策という段取りとなっているワケだ。率直に言ってかなり面白い。面白いぞ。苔寺。 冬とは言え、さすがにお庭は素晴らしく、人の少なさも相まって堪能。俄か雪の後、苔がキラキラ光って美しかったことだよ。 それにつけても、スゴかったのは、ここで一緒に拝観した人々である。まず目を引くのは、70歳くらいの日本人男性とアメリカ人らしき女性のカップル。女性は英語しか話さず、職人風の男性は特に英語が堪能というかんじにも見えない。しかし会話のかんじから言ってどう見てもふたりはご夫婦なのである。ふたりはどうやって出会い、そして結ばれ、いまここにいるのだろう、枯山水の見事なお寺を回遊しつつ、ふたりの間のドラマに思いを馳せる詩森である。その他、ペア毛皮の極道風カップルもいたし、物思いに沈むひとり旅の女性もいた。他の寺で出会った人々とは一味もふた味も違う人間模様を見せつけられ、あの毛皮カップルの場合、どちらが拝観の往復葉書を出したのだろう、とか、余計なことばかり考えてしまう私は、苔寺を拝観するにはまだまだ人間修行が足りないということなのかもしれない。 いつか苔寺に相応しい女になって帰ってきたい。それがどんな女なのかは知らないが。まずは毛皮か。毛皮なのか。と、あらぬ勘違いをしつつ、苔寺を後にする。そんなこんなでアミューズメント度の高い苔寺、皆様、京都に行く際はぜひ往復葉書で申し込みを。一週間前必着。ぜひ。 |
| 若人は集うよ、鈴虫寺に |
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ついでということで西芳寺から2分ほどの華厳寺へ。ここは一年中鈴虫が鳴くことから鈴虫寺という別称がある。行ってみると平日の昼間だと言うのに、若い女の子、カップルたちでまるで日曜日の原宿のようにごった返している。 鈴虫のいるお座敷ではお茶と「寿々むし」という華厳寺オリジナルのお菓子が供される。そして、そこには売れないテレビタレント風のお坊さんがいて、うさんくさいトークを繰り広げているのであった。この和尚さん、実際、テレビ等にもよく出演している名物和尚らしい。そして、この華厳寺のワラジを履いたお地蔵様がどんな願い事でもひとつだけ必ず叶えてくれるということで、ちょっとしたブームになっているということらしいのだ。特に縁結びに効くという。 なので、和尚のトーク効果も相まってか、お守りが飛ぶように売れていた。現世利益に興味がなく、後世などある筈ない、と思っている詩森は、当然お守りは買わない。帰り道で見知らぬ女の子から「このお守りのここのところ、切ってもいいんでしたっけ?」と追いすがられたが、「わかりません」とキッパリ答える。せっかくさ、季節外れの鈴虫が一生懸命鳴いていたのにさ、誰もそんなものに興味を示してなかったぞ。あ、でもね、「寿々むし」はすごく美味しいお菓子だったよ。「この寿々むしの中の黒い点々は鈴虫の羽を乾燥させて砕いたものです。な、ワケないでしょう。安心してお買いあげ下さいっ」という和尚のセールストークはどうかと思うけどな。 |
| 弥勒菩薩半跏思惟像 |
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こんな詩森がオチャラケも忘れ、敬虔な気持ちになってしまう場所。それが広隆寺、宝物殿である。せっかく京都に来たからには、ここだけは絶対外せない。というワケでとって返して広隆寺に行く。すると今日は「涅槃の日(仏陀が入滅した日)」ということで、宝物殿の拝観料が無料であった。弥勒菩薩は釈迦入滅の56億7千年の後、混沌の世に降臨し、人々をお救いになる、という未来仏である。 そういった宗教的な背景は知らなくとも広隆寺の弥勒菩薩様は美しい。宗教は持たないが、この美しさはモノツクリのハシクレとして圧倒的に信じる。国宝第一号であり、日本で最も有名な仏像である弥勒菩薩様は、とても小さく、なだらかな姿で、そして、乳白色のオーラに包まれているのであった。 |
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