ろばくん ROBA DIARY

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9月30日 Sun

 昨日の寒さがたたり、風邪をひいてしまったので、予定を変更し、一日家に籠もる。お昼ゴハンを食べに家を出たら、家の前の商店街で「宿場祭り」というお祭りをやっていた。詩森の住んでいるところは東海道の第一の宿場町であったところなのだ。普通の屋台も出ていたけど、商店街の人たちが出している出店が個性豊かでとても面白い。とても安く、しかもおいしい。イカゲソ焼きが100円、とか。
 なので、ついついいろんなものを買ってしまう。手つくり味噌とか葉唐辛子とか靴下とか焼きそばとか煮込みとか焼きトンとか。
 ファイナル・ファンタジーはディスクT、終了。なんかますます重い気分になってきた詩森だ。
 涼しくなったので、まだ新居を見ていない姑に電話をし「遊びに来る?」と聞いたら、大喜びで、今すぐにでもきそうな勢いでびびる。来週末にはきっと来るに違いない。そして来たら最後、いつ帰るかもよくわからないのだ。最初はこのペースに馴染むことができず、かなり消耗したものだが、「お構いなく」という姑の言葉がほんとうに構って欲しくない、という意味だと気づいてからは、だいぶラクになった。なので舅、姑が来ると大人4人、てんでバラバラな生活を送ることになる。デパート巡りが好きな義母と図書館に行くのが趣味の義父、そして、平気で利賀に行ってしまったり、午前様になってしまう嫁。たまにいっしょに出掛けると、必ず誰かが迷子になるのだ。それでも、せっかくだから、今週のお祭りを見せてあげたかったなあ、などと思ってしまうあたり、配偶者の家族、というのは、不思議な存在ではあるな。

9月29日 Sat

 お昼、「麒麟草の舟」を見てくれたという読売新聞の記者の方の取材。鉄村中心のセクシャリティ関連の記事になると思う。15日過ぎくらいから本誌に連載になるそうだ。鉄村の出番は後半、とのこと。
 その後、菅原さん(詩森夫)と待ち合わせ。ビデオが壊れてしまったので、「サクラヤ」に行ってしぶしぶ購入。ビデオより、ビデオカメラが欲しいんだけどなあ。
 夜からは早稲田の演劇博物館でク・ナウカの「天守物語」、今日限りの無料公演を見る。ここではまた、鉄村も合流。「天守物語」はいつでもとても面白いんだけど、今日はとにかく寒い。一時間くらいの作品だから耐えられたけど、ああ、冬がやってきちゃったんだなあ。
 終演後は阿部さんにご挨拶したり、制作の久我さんとおしゃべりしたり、宮城さんといろいろお話したり。ちなみに菅原さん(詩森夫)はク・ナウカがあまり好きではないらしい。前、オイディプス王を見せたのだが、ピンとこないと言っていて、今回「天守」なら、と連れていってみたが、やはりピンとこないらしい。「どこが面白いの?」と聞かれたが、「どこがつまらないの」と逆に聞き返したい詩森だ。いや、実際、聞き返してみたのだが、「なーんか(好きに)掠ってるんだけどねえ」と言っていた。なんでだろ。面白いのに。ク・ナウカ。まあ、思考の摺り合わせは出来るけど、好みの摺り合わせ、というのはできないものなので、「感性の違い」ということでまとめるしかないワケだが。
 今日はその他にもいろいろなことで、「感性の違い」ということについて考えさせられた日であった。

9月28日 Fri

 ついにはじめてしまった。ファイナル・ファンタジー\。もうすぐ「]」が出るというのに今更、というかんじだが、まあ、満を持して、ということで。でもね、この「\」、ちょうど、国対国の戦争、を扱っていて、しかも、飛行艇で突入、みたいなシーンがやたらに多い。まあ、ゲームと言えばゲームなんだけど、やっていると胃袋のあたりがちょいと重くなるかんじがする。始めちゃったから、最後まではやるけど。現実を見て、テレビゲームみたいだなあ、と思うことはこれまでもよくあったけど、ゲームやりつつ、「こんなシーン現実にもあったよなあ」と思うなんて、なんか、ちょっとゾッとしてしまうね。
 今日は、花ニラというあまり売っていない野菜を手に入れたので、大根と炒め合わせて食べる。花ニラはニラより噛みごたえがあり、ニンニクの芽ほどにはえぐくなく、好きな野菜なのだ。この花ニラを買った店はとても小さい八百屋なのに、珍しい野菜やハーブ類を網羅しているのでけっこう驚く。香菜も常備。花ニラも常備。バシルもイタリアンパセリもルッコラも常備。素晴らしい。この店を発見したことで、またこの商店街が好きになった詩森だ。いいとこだ。北品川。自転車屋さんも家の目の前だしな。

9月27日 Thu

 1月公演の制作の音子ちゃんと打合せ、に行こうと急いでいたら、人とぶつかり顔面を道路にこすり、唇をしたたかに切った。けっこうな流血の惨事である。どうしてこんなことばかりおこるんだろう。寺の境内に住みながら、まだお参りしていないフトドキモノからだろうか。迷信の類には負けたくない、と常日頃思っている詩森だが、あまりに続きすぎる。取り返しのつかないこになる前にやはりここはひとつお参りしておくべきか。ようやく血は止まったが、ちょっとコワイ顔になって待ち合わせのトップスカフェに到着。その顔で電卓片手に予算組み。「全回、満席を狙います」と力強く宣言する音子ちゃん。いや、全回満員だと2000人くらい動員いっちゃうんですけど。すごいわー。さすが、ケラマップで5000人も呼んだツワモノ。もちろん、予算はもっと現実的な線で組んだけどね。

9月26日 Wed

 餃子を作ると、何か自分がえらくなったような気がする。いや、別に作るのが大変な料理ではないのだが、具を練って、包み、更に焼く、という作業が多分私の性質に合わないんだと思う。卵焼きも嫌いだし(だってダシとってさまして味つけて、それで出来るのがただの卵焼きだなんて!)、錦糸卵を焼くのもメンドウだなあ、と思ってしまうし、牛蒡のササガキはイライラするし、大根おろしなんてできれば一生やりたくない。やるけど。
 その割に手作りの飛龍頭とか、大根餅とか、そういうけっこう手間ヒマかかるものを作るとき、特に面倒だと思うことはない。つまり性質とあえばいいワケだ。この合う、合わないは、自分でもどういうことでそうなっているのかはよくわからない。わからないが歴然としてある。ひとつひとつの行程が単純で、なおかつ仕上がりが華麗。これがポイントか。
 まあ、そういうワケで、今日は餃子を作った。餅米入り、とかいうちょっとだけ高級な皮を買ってみたが、これは蒸し餃子や水餃子には向きそうだが、焼き餃子にはあまり向いてないと思う。皮に存在感がありすぎるのだ。しかし、今日の私はえらいので、たくさん作って冷凍までする。
 なんでこんなことを長々と書いているかというと、今日は餃子を作る以外、これと言って生産的な行為を行わず、人にも合わなかったためである。そういう日に限って日記を書くヒマだけはたっぷりとあるのだ。あ、餃子を焼くとき、最後に濡れ布巾を用意して、そこにフライパンの底をジュウッとくっつけると、餃子がパリッとはがれますよ。焦げついて、具が飛び出してしまった悲しい体験をお持ちのあなた、お試しあれ。

9月25日 Tue

 鉄村と銀座のカフェでモノの受け渡し。公演が終わってからも毎日のように逢い引きする私たち。特には書かなかったけど、昨日の松岡の稽古もその前の日のフラジャイルのワーク・イン・プログレスもナツメといっしょだったのだ。いや、特には誘っていないのだが、どこからともなく聞きつけ、「フラジャイルさん、何かやるんですか」とか「松岡さんの稽古、私も行こうかなー」とついてくるのだ。まあ、その心がけは素晴らしいので、「こないでくれ」とはさすがに言わない私。と、いうワケで、もはや話すこともなさそうなものだが、劇団は日々動いていて、実際的なことだけでも結構な分量の情報を受け渡す。
 移動に電車を使わなくなってから、めっきり読書量が落ちている。移動と読書はワンセットだったんだなあ、と思う。家で読む習慣をつけよう、と読みさしの本を読み始める。「情熱と冷静のあいだ」辻仁成と江國香織が同じ物語を男性側と女性側から書いてベストセラーになったあの小説だ。ようやく文庫本になったので、買ってみた。男の作家と女の作家で恋愛小説っていうのはどうかとは思うが、とても面白いコンセプトではある。私も機会があったらやってみたい。肝心の中身は、ミラノ・フィレンツェを舞台にしためくるめく恋愛小説、華麗ねえ、というかんじなのだが、日本の舞台となっているのが梅ヶ丘で、しかも羽根木公園の見えるアパート、というので、ちょっとというか、率直に言うとかなりやられてしまう詩森だ。羽根木公園のすぐ側のアパートに私も10年近く住んでいた。最寄りの駅は、東松原だったけど。10代が不安定だ、と人は言うが、私は20代の終わりのほうがずっと揺れる日々だった気がする。「人生」なんて言葉をいちばん意識していた頃だ。その不安定なかんじとそのまま結びついたあの木造のアパート。
 そんな理由で物語は人のなかに浸透することもある。
 というワケで今日は夕食のメニューは書かない。作ったけど。

9月24日 Mon

 今日は劇団員が我が家に来ての反省会。せっかくなので張り切ってご馳走を作ってみる。苦瓜の肉詰めスープとキノコのマスタードソテー、豚肉の梅肉蒸し、サーモンとアボガドの丼。自分で言うのもなんだけど、ほんとうに美味しい。
 反省の後は横浜まで松岡洋子が11月に出演する芝居の公開稽古を見に行く。人の稽古は面白い。今日やっていたのは、主に人との距離感を体に意識させる、という訓練。セリフとエチュードを繰り返して、自分の言葉をしゃべっている時の体の状態と人の言葉(セリフ)をしゃべっている時の体の状態を意識させて、よりセリフ感のなくなる体を模索する、という稽古だった。私自身はこういうのも面白いな、と思うし、先日見た「忠臣蔵」でSPACの蔦森さんがやってたみたいな、セリフでしかない言葉の吐き方、というのもものすごく面白いな、と思う。どういう方法を選んでいくかは演出家詩森の選択なわけで、そういう面、やはり私は弱いな、と思ったりする。そろそろ、決めていかないと。ハウトゥやらマニュアルにまるきり興味がないのは、演出家としてはいかがなものか、と思ったりする今日の詩森だ。
 そんなこんなで3連休も終わり。我ながら、活動的。イヤだな。

9月23日 Sun

 今日も指輪ホテルの昼の回のお手伝い。たくさん人が来て大わらわ。片付けを手伝ってから、打ち上げは出ないでフラジャイルさんの稽古場、永代リバースポットへ。今日はフラジャイルさんの10月公演「アナトミア」のワーク・イン・プログレス(公開通し稽古と言えばいいのか?)があるのだ。通し稽古を見た後、アンケートを書いたり、桜井くんや小里くんと芝居の話。真面目だね。がんばって欲しいと思うし、力になりたいとも思う。ほんとに。
 そう言えば、飲み会の席上、小里くんから「詩森さんの書くものの中で、このホームページの日記の文体がいちばんいい」といきなり言われた。それはもちろん、「あなたの書く戯曲よりホームページの日記のほうがよい」という意味である。そーゆーこと、暗喩的に言われたことは今までもあるような気がするけど、そんなにはっきり口に出したのは君がはじめてだよ。小里くん。
 深夜2時、そこにいる全ての人たちに「どーやって帰るんですか?」と驚かれつつ、自転車で帰宅。いや、近いですよ。品川。30分で着いたよ。渋谷から門前仲町はちょいと遠かったけどね。でも地面は続いているから。

9月22日 Sat

 今日は朝から大忙し。まず蒲田で堀木くんに会って、「ヤフーの媚薬」のビデオを受け取る。それからクラブアジアP。指輪ホテルの昼の回の受付手伝い。そして、2時、阿佐ヶ谷のザムザで殿下こと田中くんの率いる東京メザマシ団の公演を見る。そして、5時、菅原さん(詩森夫)と待ち合わせして、大崎のカフェウブドで食事の後、恵比寿のガーデンシネマで待望の映画「テルミン」。それからまた渋谷のクラブアジアPで指輪ホテル深夜公演のお手伝い。書いてるだけでグッタリしてくる。
 ようやく見ることができた「テルミン」はそれはそれは面白かった。クララ・ロックモアの最後の赤いコートと「カット!」って声をかけるときの意志的な瞳。泣いたね。あたしは。それにつけてもトッド・ラングレンがなんでとつぜん出てきて口三味線ならぬ口テルミンをやるのかはかなりナゾ。何しに出てきたんだよトッド、とつっこみたかったよ。あたしは。劇場で買おうと思ってたクララ・ロックモアの「アート・オブ・テルミン」は品切れ(持ってたのに、何かの拍子になくなっちゃったのよ)。トランス・コンチネンツのテルミンTシャツは売り切れ。ちょっとガッカリ。まあ、寺田くんとペアルックになってしまうから、いらないと言えばいらない、などと強がる私。それにしてもね。残念。

9月21日 Fri

 3連休は思い切り休もうと思っていたのだ。しかし、指輪ホテルの手伝いをすることになりそうもいかなくなってきた。いや、指輪ホテルはいいんだよ。自分で言いだしたことだから。それでも見なくてはいけない芝居を今日見て、日中は空けよう、と計画を立てていた。計画はね。
 ところが夕方、寺田くんから電話がかかってきて、「日太くんの芝居はいつ行くの?」といきなり聞かれた。日太というのは、「カスパー彷徨」で蓑田をやってくれた田辺日太のことである。そんなものの存在はすっからからんと忘れていた詩森。寺田くんの電話のせいで思いだし、頭を抱える。行かなきゃ。しかも今日。寺田くんに「私も今日行くことにしました」とコールバックをし、成城学園前へと向かう。ここに公演会場、アトリエダブルエッジはあるのだ。芝居はあいかわらずダブルエッジの芝居だった。こういう未来のないことやってて、いいのか。日太。
 仕事もあるし、もう帰る、という寺田くんを引き止めて、指輪ホテルまでの時間つぶしに付き合ってもらう。のち、渋谷のクラブアジアPへ。これは深夜12時に会場をオープンして、開演2時という凄まじい公演である。深夜2時半。定刻より30分押しての開演を待って、会場を後にする。雨なので自転車にも乗れずタクシーで帰宅。3000円也。

9月20日 Thu

 チラシを整理した。10月はなんたってこんなにいっぱい芝居があるんだろう。まあ、暑いさかりに稽古しなくてすむし、お客さんも来やすいし、10月はいい季節だよな。でも風琴工房では10月に公演をやったことはない。12ヶ月のうち、10月だけはやったことがないのだ。なぜだろうか。それはきっっと計画性に乏しいため、風琴工房が動き出す頃には10月の劇場は全て埋まっているから、に相違ないが、ここはそれに気づかないふりをして、チラシの束を捲る。それにしても今年は公演が多い。仕方ないので行く日を全部決めてみる。この観劇予定を立てるのが嫌いだ。自分は予約してもらうのがこんなに好きなのだから、ちゃんとやらなきゃ、などと思うのたが、明日しよう、明後日しよう、と思う間に日が過ぎていく。なので、だいたい予約は鉄村さんにやってもらう。あの人はほんとそーゆーとこマメである。お願いしておいた指輪ホテルの予約もやってくれたらしいが、詩森は毎日受付の手伝いに行くのだ。予約も何も……。連絡するの忘れてたよ。ごめん。ナツメ。
 今日のメニューは茄子と牛肉の味噌炒めとピータン豆腐。だから夕食のメニューを書くのはやめなさいって。

9月19日 Wed

 今日はサンマを焼いて食べた。油がのりすぎで、一匹全部は食べられなかった。あとは定番のジャコ豆腐、牛蒡と人参と牛肉の煮物。ついつい日記に書く夕食のメニュー。
 文字情報を少し入れましょう、と雑誌等、立読みをした。国際政治学者みたいな人の意見を総合すると、テロに対し、武力行使することとか、それに対して日本が協力することは、至極当然のことだし、国際的な常識である、らしい。米国の93%の人民が報復を望んでいるそうである。
 私は戦争の是非というのは、いかなる理由があろうと非と思っているので、まあ国際的な常識はほとんど通じない人間だと言うことができると思う。これは今回のような理不尽な理由で自分の愛する人や自分自身を喪ったとしても撤回されることはない。多分。
 それにしても、宗教や愛国教育は、人間の形成にものすごく影響するとものだと思い知った今回の事件である。93%の人間が報復を支持する、というのもかなり不健康な社会という気がするし、貿易センタービル崩壊の瞬間、歓声を上げるパレスチナの子供、というのも驚きを通り越して何か悲痛なかんじがする。こうやってこれを書いている私自身も、そういった集合意識的なものから、完全に自由ということはありえないのだけど、それにしても、だ。
 と、書いていたら、小泉首相が「参戦」ともとれる声明を発表していた。これ以上書くと日記の範疇を大きくオーバーしそうだ。なので、これはコラムの方に書くことにする。人間いつ死んじゃうかわかんないし、世界に発信されるインターネット上に、何かを書き残しておくこともたまには大切だ。こういうことが起こって、いろいろ書きたがるのも下品な話だが、いまやらないといつやるのか、という話にもなってくる。
 それにつけても、今日も9時頃には就寝してしまった。何をこんなに疲れているのだろう。眠っても眠っても疲れがとれない。そして朝はいつも頭痛がするのだ。

9月18日 Tue

 久しぶりに自炊。ズッキーニのパスタ、トマトとモッツァレラチーズのサラダ。バジルが売っていなかったので、シソをきざんでみたけど、美味しかったよ。こんな風に夕食のメニューを書ける平和な日々もいつまで続くか。
 食事が終わったら、まだ8時くらいだと言うのに、ぐったりと寝てしまう。12時頃目が覚めて、1月公演についてのいくつかの電話の後、また、寝てしまう。
 そうだ。1月公演と言えば、ク・ナウカの阿部一徳さんの出演が決定したのであった。阿部さんというのは美加理さんの声をやっているあの阿部さんである。ク・ナウカの押しも押されもせぬ看板男優である。利賀村繋がりで面識は多少あるが、気安く「出てよ。風琴。」などと言える間柄ではもちろんない。それがなんで風琴工房に出ることになったか、というと、脚本を送って「出て下さい」と出演交渉したのである。阿部さん、そしてタイプスの新本さんと、詩森が好きな男優ベスト2がふたりとも出演する、出演してしまう1月の風琴工房。ぐったりと寝ている場合ではないワケだ。皆様、どうぞお楽しみに。

9月17日 Mon

 ふたたびトラックで返しモノ。夕方6時、全てが終了。さすがにグッタリして9時頃寝てしまうが、明け方近くに目が覚める。公演が終わるたび、何か見えないところにものすごい負担がかかるようになってきた。体力の問題もあると思うし、芝居の評判とか、いろいろな人の思惑とか、自分自身への落胆とか、金銭のこととか。これにあと何年も何年も耐えていかなければならないんだなあ、と思うと、少しだけ遠い気持ちにもなる。まあ、だからと言って止める気なんてないワケなんですが。
 私の知人の会社の人が例のテロに巻き込まれて行方不明である。そしてまたとても関わりの深い人が、よりにもよってビンラディンの映像を撮るためにアフガンに行くという。彼はテレビのカメラマンだ。湾岸戦争の時、戦争が始まる瞬間をテレビが捕らえたため、今回もマスコミはそれを狙っているのだろう。そのことを聞いた時、カラダが少し痛くなった。彼は、カメラマンという仕事をとても愛していて、人を撮ることにものすごく興味があって、だからもちろん、アフガンにだって行くのだけど、何か割り切れない思いが残る。ほんとうに無事で帰ってきて欲しい。指輪ホテルの件も人ごとじゃない。せめて公演を見に行くことで応援したい。こうやって、自分のまわりの人に何かが及んできたときの、カラダとココロの痛みを大切にしたい。でもそういったパーソナルな出来事として、何かを葬り去っていくことも違うと思う。世界で起こる全ての事象に私たちは繋がっている。繋がっているということを忘れたくないと思う。

9月16日 Sun

 アッというまの最終日。今日はトークライブもある。これは思ったより盛り上がり、とても楽しいものになった。2日間お世話になりました「すこたん企画」さん、参加者の皆さん、ほんとうにありがとうございました。
 そんなこんなで公演は終了。他の区では使えないゴミ券を引き取ってくれたりと、精算まで含め、ほんとうに過ごしやすい劇場でした。劇場に入っているだけなのに、なにかいろいろ勉強になったなあ、と思います。こちらも、ほんとうにありがとうございました。

9月15日 Sat

 今日は「すこたん企画」さんを招いてのシンポジウム。マチネとソワレの間も忙しい。まあ、でも今日はほとんど「すこたん」さんにゲタを預けるカタチでのシンポジウムなので、ラクと言えばラクである。問題はトークライブと銘打った明日である。今日の話は固い面も多かったが、用語の基礎知識等、まだ結構知らないこともあったりして、ふーん、などと思いつつ聞く詩森である。

9月14日 Tue

 ところでアゴラはほんとうにすばらしい環境の劇場である。仕込みの際も技術スタッフが威圧的になることなく、フォローしてくれるし、今日は制作チームへの打ち合わせ時間まで設けてくれた。住宅地にある劇場ということで、いろいろ苦労があるのだと思うが、そこまで細やかな対応をしてくれる劇場というのはそうはない。しかしながら、その打ち合わせで担当の方から、「風琴工房さんはあまり稽古をしないんですか」と言われた。事務所に劇場内を写すモニターが付いているため、私たちがあまり稽古をせず、かといって仕込み等が押しているわけでもない現状がそのまま事務所に筒抜けであったらしい。もちろんスタッフさんは素朴な疑問としてその言葉を発したワケだが、素朴なだけに、恥ずかしくて顔を赤らめてしまった。通常、風琴工房の舞台では美術が凝っていて、音楽もたくさんかかり、更に、照明も目まぐるしく変化するため、テクニカルな面で小屋入り後はイッパイイッパイになってしまう。なので芝居は稽古場で仕上げてこなけばならない。今回のような音楽も使わず、照明もほとんど変化しない、という舞台では、一日仕込みでもけっこう時間があまるものなのだが、そこに稽古、という発想がなかった。いや、実感だけ言えば、初日までテクリハを入れて2回も小屋で通し、更に返し稽古まで出来た今回は、ずいぶん小屋入り後に稽古した、というかんじをもっていたほどだ。恥ずかしい。次からはもう少しちゃんとやろう、などと思う。風琴工房、別に稽古嫌いとか、そーゆーのではありません。ホントです。そんなこんなで初日もあける。ふー。

9月13日 Thu

 小屋入りしていて忙しいせいもあるけど、テレビはあまり見ないことに決めた。貿易センタービルが崩れおちる映像は確かにショッキングだけど、あれを繰り返し繰り返し見ていても、モノゴトの本質には辿り着けない、のではないだろうか。少なくとも私はそうだ。テレビから消える時が思考を停止する時、というシステムで時代が動いていることは否めないが、私はそうはしたくない。そうしないために、私のような俗物にとってテレビをあまり見ないのは、有効な手段だと思っている。それにしても、あのテロ行為は許せない、という以前に、ほんとうに解らない。私の想像力を全て駆使しても、そこに考え至り、更に実行してしまったその思考回路がまるでわからないのだ。これは、恐怖であり、ほんとうにマンガじみてもいる。まあ、でもわからない、わからない、と言っていても何も解決しないので、エルサレムを巡るユダヤ・パレスチナ問題も含め、自分の中で、決着を付けていきたいと思う。
 昨日、片付けをさせてもらったおかげで、小屋入り後の作業はスムーズであった。場当たり後、たっぷり2時間近く稽古してもまだ9時過ぎ。退出時間より30分ほど早く、劇場を後にする。明日はいよいよ初日である。

9月12日 Wed

 昨日壊れた携帯を修理に出してから、テツムラと高津にタンスを取りに行く。テツムラは完全ペーパードライバーだったのだが、このところ運転手がいないということで問題が持ち上がることが多かったため、この度路上研修を受け、風琴ドライバーデビューしたのだ。しかし彼女はものすごい方向音痴なので、詩森がナビとしてついていくことに。そしてその運転は、まるで遊園地のゴーカートに乗っているように怖ろしいのであった。
 最後の稽古をしてから、駒場アゴラに行き、リセットエヌのバラシに参加させていただき、明日の作業の軽減を図る。幕を取り外されたアゴラはガラーンとしていて、やはり今考えている装置では持たないことが発覚。テツムラの運転で我が家まで帰るまでも、どーしたものかと考え続け、結局大嫌いな暗幕をグルリと張り巡らすことに。明日はいよいよ小屋入りである。

9月11日 Tue

 稽古が終わって、眠亭に行ったらテレビがスゴイことになっていた。驚きより先に、その現実感の圧倒的ななさに、ああ、まただよ、という気分になる。何もできないし、何も感じないのに、テレビの前にいれば情報だけは次々と享受できる。いいのか。こんなで。わたし。そこにいたひとりひとりのことより先に、いったい何人くらい死んじゃったんだろう、なんて、そんなことばかり考えている自分がいる。つい、ワクワクしたりする。こういう人間のシステムが戦争とか無差別テロを生み出すんだろうなあ。この事件が絶対に戦争になんか発展しませんように。
 いみじくも東京は今日、台風だった。私の故郷は「台風」というものがほとんどこない土地柄なので、台風に対して危機感というものがなく、高校の頃大きな台風が来た日、みんな用心というものをぜんぜんしなかったため、たくさん人がケガをしたりした。かく言う私もクラブの練習にでかけ、帰ろうとしたら、3階建ての校舎ほどに大きい校庭の樹齢100年のポブラが3本とも倒れていてビックリしたものだ。そんな詩森は今日台風がいちばん激しかった時間帯に、なぜか中国大使館にビザの発行(自分用のじゃないよ。念のため)をしてもらいに行くハメになり、そのあげくに携帯が壊れたりしたのだが、その話はあまりに面白いので、今日のところは自主規制。おしまい。

9月10日 Mon

 芝居、上がりましたよ。
 順調に稽古しつつも、あと一歩のところでずーっと停滞していて、仕上がり切らぬまま、先週は奈落にまで沈んだけど、今日の稽古はいきなりググッと手応えアリ。上がるタイミング、絶妙だったではないですか。なにせ女の子ばかりの稽古場。競馬でもね、牝馬はね、仕上げも仕掛けも難しいのよ。台風がきてるみたいだけど、「麒麟草の舟」は順調に航海中。「今回の芝居の成果は麒麟という字が書けるようになったこと」なーんてハメにはならないように頑張りますわ。
 芝居のほうは順調なのだが、装置に必要な「あるモノ」はこの長雨のせいでなんともならず、仕方なしに買うことになってしまった。そのへんで拾えるものをお金を出して買うのも悔しいが、そんなものが売っているというのもビックリする。それにまた台風、沖縄に来てますね。週末直撃なんてやめてよね。ホント。
 

9月9日 Sun

 アゴラの意外なほどの広さ、そして、先日からの稽古の停滞を受け、天王山というべき稽古。最終の衣裳合わせをしてから、うんざりするほど返し稽古。ああ、もう目線くらい自分でちゃんと決めて欲しい。でもやる。それは私が演出だから。
 通し稽古。まあまあいい線。でもラストがね。駄目でしょ。これじゃ。なので、ちょっと話合い。詰まりの原因を洗い出す。さあ、あとゲネを入れて通しは4回。芝居が落ちたタイミングは絶妙だったが、芝居が上がるタイミングも絶妙となるか。最後の週が始まるワケだな。  

9月8日 Sat

 今日は最後のオフ。そして芝居のハシゴ。なおかつオフなのに一日ナツメと一緒。そして、タービンもなぜか一緒。昼は新国立劇場の「忠臣蔵」に。これは平田オリザさんの脚本で、宮城聰さんの演出。で、忠臣蔵。何かと名人芸。実は忠臣蔵フリークである詩森。マニアックに楽しむ。今日は物販のお手伝いもしたのだが、ちょうど青年団の松田さんもお手伝いにきてらして、初対面なはずなのにいきなり、「詩森さんって、自転車で転んだりしているんですよね」と言われる。に、日記、読んでらしたんですね。超動揺。「飛ぶ劇場で寝ちゃったヒトですよね」、と言われなかったのは松田さんの優しさ故か。(松田さんは「飛ぶ劇場」に客演されていた)ほ、ほんとうにごめんなさい。今度から「どーしても見たいから」という理由だけで徹夜明けに行くのは絶対に控えますから。
 夜は「ポカリセット」。あ、思ってたより、アゴラって広い。これも超動揺。今、考えてる装置じゃ高さが持たない。芝居もちょっと組み直さなきゃ。ら、来週本番なのに。そして、この雨のせいで、装置に必要な「あるもの」が取りに行けないのもかなりの問題。台風が来るなんて、聞いてないよ。でも来る。台風はやってくる。どうしたものか。  

9月7日 Fri

 高津美術まで装置につかう家具を見に行く。担当のIさんはとても親切で詩森のお気に入りなのだが、ここ最近姿がなく、どうしたんだろうと思っていたら、なんと「ディズニーシー」に塗装の仕事で8ヶ月も出向していたそうだ。そんな仕事もするんだなあ。そんなIさん、いつも詩森が借りに行くたび、「上で濡れ場をやれる大きなテーブル」とか「人がすっぽり入れるトランク」とか謎めいた注文をするものだから、今回も、わたしの顔を見たとたん、「今回も人が入るんですか」と真顔で聞いていた。ええ、まあ、お察しのとおりなんですが、今回はタンスなので、サイズや強度の心配はあまりありません。良かったですね。
 高津美術に行くと、出来得る限り寄る店があって、それは駅前にあるラーメン屋「熊王」である。ここはこんな場所なのにいつもものすごく混んでいる。今日も夕方の4時なんてハンパな時間だったのに、店はおおわらわに混んでいた。味噌ラーメンが美味だが、醤油ラーメンニンニク入りも美味しいらしい。高津に行った際には皆様ぜひ。
 稽古はまたもや原因不明の停滞。飲み屋に芝居の話を持ち込まない風琴工房も、さすがに飲み屋で芝居の話。
 それにつけても、今日見学に来たタービンと何の打合せもしていないのに、明日土曜日の予定がまるきり一緒なのに驚く。ちなみにふたりとも芝居のハシゴ。これは愛?愛なの?
 

9月6日 Thu

 原因がわからない不気味なかんじで稽古場が停滞する。広い稽古場に変わったせいで視点がぶれているのかと思ったが、役者に聞くとそういうことでもないらしい。一昨日までの芝居とは別の芝居みたいだ。役者たちも皆、得もいわれぬ恐怖感を味わったらしい。第一通し稽古を景の始めとは言え止めたのなんて何年ぶりだろう。そして演出家としてはダメなものはダメと言うしか手だてがないのだ。
 稽古後は見学に来ていた天然ロボットの松岡規子嬢と飲みに行く。飲み会は楽しかったのだが、稽古の獏とした不安感が、何かしらの影を落としていた。

9月5日 Wed

 ダメだ、こんなものを買っては、と思ったのだが、気が付いたらレジでお金を払っていた。「プロジェクトXリーダーたちの言葉」文芸春秋社刊。好きなのねー。プロジェクトX。家にいないせいで、なかなか見られないけど、好きなのねー。で、さっそく読み始めたのだが、一編目の青函トンネルのリーダーの「おい、みんな北海道に行くぞ」というところで、既に涙がこみ上げてくる駄目なワタシ。ああ、電車の中なのに。後でひとりひっそり読むべきだろうか。今すぐ読みたい。でも涙が…。
 そう言えば、中学校の修学旅行は青函連絡船で海を渡った。グランブルーのポスターみたいにイルカが跳ぶところを見たことを思い出した。

9月4日 Tue

 稽古に今回初めて組む照明の福田さんがいらした。打ち合わせは稽古場で終わってしまったが、いかにも飲めそうなかんじだったので、「福田さん、お酒は」と聞くと、予想通り「飲めます」と力強く答えるので、飲みに行った。ちなみに福田さんは女性なので、今回はオールキャスト・オールスタッフ女性である。別にそういうことに拘って集めたワケではないが、なにかヘンクツに潔癖性なかんじで良い。
 そんな風に飲んでいる間に携帯にはたいへんな留守電が入っていた。家に帰ってからそれに気付き思わず正座してメッセージを聞く。はあああ、たいへんなことになりそうだわ。でも平気。負けないわ。だって私は座長、座長なんですもの。

9月3日 Mon

 またも雨にやられた。他の人に言わせるとこんな日に自転車に乗ってくるほうがアンビリーバブルらしいが、「天気予報は見ない」を人生の決めごとにしている詩森。朝、降ってさえいなければ自動的に自転車で出動だ。でも、天は無情にも私を見放し、今回も半蔵門付近、という、かなり手の打ちようがない場所で本降りになる。仕方ないので四谷に自転車を置いて稽古場へ。ああ、私が雨に濡れるのは良いが、愛車を濡れたまま置き去りにするのは身を切られるような辛い出来事……。
 明日からは毎日通し稽古、ということで、今日は昨日の通しでつかえた部分を細かく返し。小返しで見ると問題なく思えた箇所が通してみると関係性の繋がりとしておかしかったりするのは、私の演出家としての力量がまだまだ足りないということであろう。「ごめんなさい。私が間違ってました」とばかりに、いくつかのシーンで今までと正反対の演技を要求してみる。おお、いきなりスムーズにいくではないか。なるほど。って、そんな感心している場合ではないのだが。
 稽古が興に乗ってきたところで、いきなり寺田くんが登場。いきなり来たくせに「あれ、通しじゃないんだ」とちょっとだけ不満そう。むかつく。でも気にしない。気にせず気になる箇所だけ何度も返す。
 そして、今日は1月に制作をやってくれる渡部音子ちゃんと打合せ。仕事の割り振りを主にやったのだが、「え、そんなこともやってくれるんだ…」と思ってしまう私は、今まで制作に関してはほんとうに幸薄い人生を送ってきたということだろう。音子ちゃんは「最近物忘れがはげしくって」と首からメモをぶら下げていたが、最近でなくても物忘れの激しいテツムラにもアレをぜひプレゼントしてあげたいと思う詩森だ。
 打ち合わせのあとは音子ちゃんといっしょに来てくれたスズナリの二ツ森さんも交え、オフレコトーク炸裂。いやもう、オフレコ話は楽しいですね。詩森的には「ケラマップ」に出ていたNさんが全裸になったのは本人の意思かどうか、というのを確認し、大満足。
 そんなこんなで終電で家に帰ったら、とある人から年賀状が来ていた。どうとらえればいいのか、しばし悩む。おそらく、年賀状のあまりに違いないが、かりにも「あけおめ」と書く以上はせめてイラストくらい書き添えるべきではないだろうか。そしてやはりここは年賀状を返すべきなのだろうか。なんといっても詩森の今年の年賀状は「HAPPY NEW CENTURY」 となっているため、あと999年と4ヶ月使用が可能なのだ。だらだらと下らないことを書いていたら、思わず長くなったので、今日の日記はこれでおしまい。どんとはれ。

9月2日 Sun

 すこたん企画さんとのシンポジウム打合せで船橋に。品川から快速に乗ったら30分ほどで着いてしまい、思い切り時間を持て余す。
 鉄村の到着を待って、打合せはつつがなく。詳細は麒麟草ページにアップしたので、皆様、ぜひごらん下さいませね。脚本を誉めていただいてホッとする。「思い切り感情移入しちゃいましたあ」って簗瀬さんたらあいかわらずキュートだわ。芝居になったらイメージと違ったって言われないように、がんばらなくちゃ。伊藤さんは週刊金曜日問題というので大変だったらしく、ちょっとげっそりしていた。週刊金曜日で何が起こったかについては、すこたん企画さんのホームページに詳しいので、ぜひ読んでみて下さい。
 夜は下北沢に移動して初の通し稽古。うーん。メロドラマだなあ。それでなくても湿気でうっとおしい今日この頃。パリッと乾かしてから本番に臨みたいものだわ。

9月1日 Sat

 今日は芝居のハシゴ。昼がフライングステージ。夜がケラマップ南組。
 初見のフライング・ステージは役者さんが達者で楽しく見たが、でもゲイ・コミュニティの中の芝居ということから今一歩出ることができてない気がする。それじゃやっぱり物足りない。うん。物足りなかったよ。
 対するケラマップはプロのお芝居。知り合いの湯澤さん、永井さん、高木珠里ちゃんがいいポジションでいい味わいで活躍していたのも嬉しい。でも、最後の「外人かと思ったら白子(アルビノ)」という歌はわたしは嫌いだな。品がなさすぎる。お約束のホモネタもあったしね。
 余談であるが、終演後湯澤さんに「そのTシャツはあんまり可愛くない」といきなり言われた。無論私がその時着用していたTシャツである。湯澤さんのことをちょっとでも知っている方がいたら、他ならぬあの人からそう言われた時の私のショックについて思い描いてみて欲しい。たやすく想像がつくハズである。そんな湯澤氏は実は詩森の高校の後輩なのだ。ちなみにもっと先輩には宮沢賢治と石川啄木がいる。それこそ、どーでもいいことだけど。
 ショックも覚めやらぬままタービンとお茶。いろいろ話して、ようやく修理から帰ってきた自転車で帰宅。


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