ろばくん

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    ↑読者投稿のろば近影です。
     「噛むので注意して下さい」との警告あり。


4月5月6月

6月の日記

6月30日(木)
先週はアクティブだったけど、今週はみのむし。そうこうしているうちに、6月も終わり。ついに稽古の7月がやってくる。夏の稽古はイヤだなあ、とはじまる前から弱気の詩森。

6月27日(土)
今週は、詩森にしてはアクティブな一週間だった。まあ、もともと遊ぶことにかけては人後に落ちないアクティブさを誇る詩森だが、今週のアクティブはアクティブでも質が違うものであったように思う。火曜日の劇場内覧と劇団員ミーティングを皮切りに、水曜日、前出のチケット刷りだしを頼まれている魚人帝国に出来た分を納品。脚本がついに完成したそうで、ちょっとだけ読ませてもらったけど、なかなか面白そうである。巨大プールを作るというセットや気狂い集団という風評の役者陣とともに楽しみに本番を待ちたい。そういう詩森は東京公演を待ちきれなくて、富士山のふもとでやる初日にツアー組んで観に行くつもりだ。そして、金曜日と日曜日は、ネオ・ゼネレイター・プロジェクトというところのパンフ製作と受付を手伝い、打上げにも参加させてもらってきた。そして間に挟まれた土曜日は若手の演劇人で作っているメーリング・リストの会合があり、たくさんの劇団の主宰者の方や裏方さんや役者さんにお会いした。演劇界にこれといった友達もなく、離島のような場所で芝居を作ってきた風琴工房である。こんなにもたくさんの演劇人といわれる人たちに一時に会ったのは初めての出来事だったかもしれない。7月からの稽古入りに向い、この上ない刺激となった。それにしても、我ながら驚いたことがひとつある。人見知りで、よその劇団なんか行った日には、まるで透明人間のようになってしまう詩森が、どこに行っても今週は「話しましょうよ!!皆さん!!」という体制で、多分まわりの人が呆れるくらい言葉を発していたことである。バリ効果のひとつということもあるのかもしれないが、今週会った人たちがたまたま人間関係に関して弱虫者の詩森にも衿を開かせてくれる懐の深い人々だったということであろう。面白い一週間であった

6月21日(月)
バリで浮かれている間に、大変なことになっていた。まあ、前から頼まれてた仕事の締切り等が一気にきてるだけなんだけど。今も知人の劇団に頼まれたチケットの刷りだしをしつつ、もうひとつの知人の劇団の当日パンフを作りつつ、10月の書き下ろし脚本の追い込みに掛かっている。この間にワープロの仕事なんかもちまちまこなしている状況だ。もともとは仕事はあんまりためない方なのだが、バリの浦島効果おそるべし、というかんじである。前後合わせて3週間、機能停止していたツケは大きい。でも皆さん!!大丈夫。これといって取り柄のない詩森の唯一の取柄は請け負った仕事は必ずやり遂げる、なのです。但し、B型なんで、やりたい仕事だけしかやらないのが難といえば難なんだけど。だから、全部ちゃんと仕上がることでしょう。仕上がるに違いない。仕上がるといいなあ。ガンバレ、パソコンくん。君だけが頼りだ。(ホントに大丈夫なのか、おい)

6月17日(木)
今日は菅間馬鈴薯堂というところの「海辺の街へ」というお芝居を見にいった。いわゆる「静かな芝居」なのだけれど、達者な役者さんたちの内面の深さに支えられ、良い時間を過ごす。でもパンフに「平田オリザさんの芝居を見て列車の中での芝居を書きたいと思った」という一文があって、それだけはどうにも納得がいかない。もちろん内容は違うのだけれど、青年団風の斜めに置かれた椅子、という舞台装置もあいまって、苦いものが残った。ところで芝居に詩森は申し訳なくも遅れてしまったのだが、これにはちょっとしたワケがあった。舞台は東京駅。夕刻の込み合った時間帯にも関わらずある空間だけがぽかりと空いている。そこには、「あー、あー」と奇声を発する青年がいた。しかもランニングにトランクスと見まごうショートパンツという、スーツ姿でごったがえす東京駅では、裸といってもいいような格好である。自閉症の青年だということがすぐにわかった。自閉症を知らない方のために補足すると、脳の情報のインプット能力とアウトプット能力になんらかの問題があることによっておこると言われている生まれつきのコミュニケーション障害である。精神病によって引き起こされる自閉症状とはまた違うものだ。電車に乗り込んでから、彼は入口近くにいて、詩森はそのすぐ近くの席に座っていたのだけれど、どうにも興奮状態で、まわりの人の肩をバンバン叩いて何かを訴えている。普段なら詩森もほっておくのだけれど(なぜなら彼らはちゃんと電車に乗って家まで帰る能力がある場合も多いし、下手に話し掛けるとパニック状態になってしまったりするので)、その様子があまりに切実だったのと格好が格好だったので、なにかの拍子に迷子になってしまったのかもしれないと(施設などから抜け出してしまいワケもわからず遠くまで行ってしまうこともまたあるので)心配になってしまった。かなり悩んだのだけれど、立ち上がって彼のそばまでいって、「家、どこ?」と聞いてみた。まあ、しかし、言葉は喋れないようだ。(かなり普通に会話できる人もいるし、言葉を持たない人もいるし、オウム返しといって話し掛けた言葉と同じ言葉を繰り返す人もいる)でも彼なりに訴えかける相手が見つかったということだけはわかったようで、詩森の腕をつかみ、窓の外を指差す。「そっかーきれいだねー」と適当な相づちを打つと笑顔になり、様子が落着いてきた。そうこうしているうちに四谷に電車は到着した。「よつや」という看板をしきりに指差しているので字は読めるのかもと思っていたら、彼は不意に電車を降りて歩き出した。乗りかかった舟なので、電車から降り、後を追う。そうこうしているうちに改札から出ていったので、きっと大丈夫なのだろうと判断し、私はホームに戻った。なぜ長々とこんなことを書いたかというと、自分の善行を世間に知らしめたかったから、ではもちろんなくて、自閉症という、大変わかりづらい特徴を持つ障害に対して少しでも理解が進んだならいいと思うからだ。私も彼らに縁あって関わりあう前は電車の中でそういった人に行き会うと自分に危害を加えられるのではないかという恐怖感を感じていた。でも単にそういう障害を持っている人なのだということが理解できれば、少なくともそんな無意味な恐怖感に怯えなくてすむわけだ。さすがにあの格好はまずいよなー、と詩森も思うけど、服をたくさん着るのがイヤという「こだわり」がある人もいて、そういう人は雪が降っても半ズボンをはいていたりするのだから、これもどうにも仕方のないことなのだ。大ベストセラー「五体不満足」の中で乙武さんも書いていたけれど、日本では障害者に道で行き会うということがとても少ない。狭いところに押し込められている。それはとても残念なことだ。障害はただそこにあるもの、確かに私たちが「人並みの日常生活」と信じているものを基準にしたならば「差し障り害のあるもの」だけれど、彼らには彼らの日常生活があり、それぞれが「人並みな日常生活」であるのだと思う。そう書いている横でテレビのニュースが「学芸会でのハモニカの演奏を揃えるために障害児のピアニカに粘土をつめて音をでなくした幼稚園の先生」のニュースが流れている。この先生に対し、義憤を感じない人はいないとおもうが、その憤りのコブシを振り上げるべき相手はもしかしたら、他ならぬ自分自身なのかもしれない。

6月16日(水)
熱病に浮かされたように書き続けたバリ日記をアップし、ようやく、荷物の整理に着手する。しかし、また中途半端に広げてしまい、始める前より散らかってしまう部屋である。帰ってきたら熱帯より過ごしずらい東京の夏が始まっている。稽古ももうすぐ開始。現実に戻らねば。ところでバリ日記に書き損ねたけど、バリでマリンスポーツのガイドをしてくれたお兄さんはなぜかイガラシさんに似ていた。ああ、バリでも、やっぱり、イガラシさん。詩森の生活からイガラシさんの影が消えるのはいったいいつのことなのであろうか。ナゾだ。


1999年6月6日(日)〜6月13日(日)までのろばの行状は
ろばのばり日記でお確かめ下さい


6月2日(水)
今日は劇団員ミーティング。今までもそしてこれからも通い続けることになる下北沢庄屋西口店。この席上で、4月公演の葉子役、更に談話室でも活躍中(!?)の鉄村夏芽が、新劇団員(正確には出戻りなのだが)として加入することが正式に決定する。境くんも詩森も新劇団員加入にはここまで相当慎重な姿勢を見せており、でも夏芽なら、ということで意見が一致、それが夏芽にとっていいことだったかどうかはこの際気にしないことにして、風琴工房的には大変目出度い出来事なわけだ。ということで、今まで2人だった風琴工房は3人でやっていくことになりました。これまで同様、どうぞよろしくお願いします。
そして更に今日は美容室にも行ったのだ。イガラシさん亡き後(死んでない)、すっかり美容に対する意欲も薄れ、もう髪なんてどうでもいいと投げやりになっていたが、このままほっとくとまた半年も一年も美容室に行かずタイヘンなことになるに違いない、と意を決して、雑誌で気に入った美容室を予約してのこのこ原宿まで出掛けて行ったわけだ。担当してくれた美容師さんはとても上手だったけど、髪を触られてるとイガラシさんとの甘くステキな日々(!?)のことばかりが思い出されて、美容院なんてつまんないぜ、ちぇっ、とふてくされる詩森、おかげで会話もはずみやしない。ところが!もうセットも終了という頃になって、その美容師さんが、ナント、イガラシさんの元後輩だということが発覚した。ビックリである。そしてイガラシさんは美容業界でもDJとして、カワリモノとして有名人であるらしいこともわかった。なんだかとても満足だ。小奇麗になった頭で美容室を後にする。イガラシさんのサロンが完成したら、やはりぜひ行かねばなるまいな、と彼との浅からぬ縁を勝手に感じ、御満悦の詩森であった。
そして、今日はもうひとつ、浮き立つ詩森の理由をついに公開。詩森今週末から1週間留守します。バリへ行くのよ。バリへ。おっほっほ。これがあったから必死で脚本も書いたワケだ。バリでは山奥のウブドでガムラン三昧の予定です。ガムランというのは、インドネシアの伝統音楽、最近はずいぶんブームだけど、詩森はガムランなんてものが現地に行った人からテープとかでないと手に入らないような時代からのガムラン好きなのだよ。でもちゃんと調べないで勢いで飛行機予約しちゃったから、見たいジェゴク(竹のガムランね)とか新月とか満月とかの夜しか見れない特別のガムランや、ヤマサリっていう通好みのグループとかのコンサートからは見事に一日づつくらい外れてる。でもインドネシアの総選挙とはバッチリ、バッティングしているという・・・。バリは安全だって言うけど、ダイジョブかしらねー。今日の打合せで「詩森になにかあっても公演はちゃんとやってね。貯金は印鑑と通帳わかるようにしとくからそれ使って」と言い放ったら、そういうのにメチャクチャ弱い境くんが、「いやもうそのくらいで・・・」と蒼ざめていた。まあ、というワケで、菅原さん(詩森夫)のサイフのヒモとなって詩森、ちょっと外遊してきます。ああ、楽しみだなあっ!!

4月5月6月

5月の日記


5月31日(月)
斉藤茂男さんという方が亡くなった。共同通信の記者を振り出しとして、常にジャーナリズムの前線に身を置いて来た方である。代表作に「父よ母よ」というルポルタージュがあるが、これは私が人生で影響を受けた何冊かの本のうちの一冊であると言ってよい。今は文庫に纏められたものがあるが、私が中学生の頃、新聞に連載されていたそれを毎日切り抜きスクラップして読んだことが思い出深い。これが書かれた頃は、貧しさが常に少年の問題にまとわりついていた。しかし、今はもっと得体のしれないものが、子供たちの魂を蝕んでいる。ありし日の映像の中で斉藤さんは、神戸の少年事件について言及していた。「ある意味あの少年は身を挺して社会へと問題提起しているのだ」と。常に取材対象と同じ場所から物事を切り取っていく真のジャーナリトであり、私に眼差しのあり方を教えてくれた最初の教師であり、生涯現役を貫いて亡くなった。心からの冥福を祈りたい。

5月30日(日)
怒涛の顔合せの後は、これといったこともなく今週は終了。昨日、契約に劇場に行ったくらいがトピックスである。しかし、詩森はどこか浮き足だっている。それにはもちろんワケがあるのだが、どうしてかはまだ教えられない。そういえば、心配された白黒の写真は、どれを宣伝に使うか悩んでしまうほど可愛く撮れていた。これならカメラマンとしてもやっていけるんではないか、などとあらぬ勘違いして舞い上がる詩森だが、境くんが撮っても同じくらい奇麗に撮れているところを見ると、カメラマンの腕ではなく単にカメラがいいのだと思う。ちなみにこの素晴らしいカメラの所有者菅原さん(詩森夫)は、このカメラをもってしてもいまひとつな写真しか撮れないという特技を持っている。それはさておき、出来上がった写真何点かをホームページにアップして人気投票をするつもりなので、どうぞよろしくお願いします。詩森が浮き足立ってる理由とともに、公開を待て!ということで以下次号に続く。

5月26日(水)
昨日は9月公演の顔合せであった。いつものことながら、詩森は顔合わせ、そして、脚本を初めて役者に渡す日がはっきり言って「大嫌い」である。しかし、妙に張切っている今回の詩森は、なにごとも遅め遅めの風琴工房の現状を打破すべく、稽古開始まであと1ヶ月もあるというのに、大の苦手の顔合わせを決行することにしたのだ。脚本が早くあがってよほどアドレナリンが上昇していたに違いない。いつものことながら顔合わせ独特の堅苦しい空気の中でうやうやしく脚本を手渡す。一斉に読みはじめる役者たち。詩森の頭の中はもうこの場を早く終わらせて飲みに行くことでいっぱいである。そして待ちに待った初の飲み会は、熱い盛上がりを見せた。週もまだ半ばというのに終電を逃すものが続出する。しかしその妙に高揚した座の熱気に当てられた役者が約1名、絵に描いたような酔っ払いと化し、仕方なしのその役者を担ぎ、タクシーにて帰宅するハメとなった。気のいい菅原さん(詩森夫)がかいがいしくその酔っ払いを介抱する。こうして先の思いやられる楽しい(!?)顔合わせは終了した。そして、今日、懸案の写真が出来上がってきた。夏芽が眠そうな顔をしているのは気になるが、そしてカラーだとメイクがちょっと濃い気もするが、ちゃんとピントは合っていて、胸を撫で下ろす。あとは明日上がってくるモノクロ写真に一枚でも使えるのがあればバッチリである。というワケで、お気に入りの写真を一足先に特別公開。

写真を見たい方はここをclick!!

5月23日(日)
昨日の土曜日は4月公演のビデオ会、殆ど眠らぬまま、9月公演の情報宣伝写真をとるために千葉へと向かう詩森、境、夏芽、そして、朝から合流した沢村小春。4人はまず、「月の砂漠」として名高い御宿に向かう。砂漠を舞台にした今回の作品にこの上ないロケ地である。しかし、朝から血気さかんなバカ者が起こした追突事故のおかげで渋滞に巻き込まれ、ようやく到着した御宿は、若者たちで大賑わい、ここではとても写真はとれないと諦めた一行は九十九里海岸をひたすらに北上する。ビーチがあるたびにロケハンして、ようやくここなら、というビーチを発見した時にはすでに日も高く登っていた。メークと着替えを済ませ、車中からあらわれる今回の主演女優2人、菅原さん(詩森夫)から借りたスーツ姿の夏芽と別珍のワンピースに身を包んだ沢村小春は、サーファー率100%のビーチでは、はっきり言って宇宙人であった。人々の好奇の視線ににめげず、ポーズをつけ、写真を取り捲る。途中夏服バージョンに着替え、2時過ぎに撮影終了。昼食の後、疲れ果てた境に変わったドライバー沢村小春の卓越したドライビングテクニックと男らしい運転態度に一同驚きつつ帰京。撮影小旅行は無事終了した。たったひとつの不安はカメラマンが詩森だということである。果たして写真はちゃんと写っているのだろうか。ファインダーから覗く限りふたりはこの上なく可愛かった。もし上手く撮れていなかったら、全て詩森の責任である。ああ、三脚を持っていくべきだったと後悔しても今や遅く、写真が現像からあがってくるのを怯えつつ待つ詩森であった。

5月19日(水)
これと言ってやることもなくなってしまったので、仕方なしに家の掃除をすることにした。しかし、全ての部屋を中途半端に着手したため、なんだか始める前より散らかった気がする。なぜひとつひとつ確実に終わらせていくという簡単なことが私には出来ないのだろうか。ナゾだ。

5月17日(月)
先週末は「レゲエキャンプ」というのに行ってきた。文字どおりキャンプだけど、それにレゲエのライブやDJのイベントが付いてくるという、音楽とアウトドア(そう、詩森は岩手の山猿なので実はアウトドア好き)を愛するワタシには堪えられない企画だった。ただ、肝心のレゲエは、キャンプのBGMとしては心地よく、気分はサイコーだったし、もちろん踊ったし、それは目茶苦茶楽しかったけど、あの黒人の音楽の、もうたくさんって思っても体が踊っちゃう、ああ私は赤い靴の少女、というかんじにはやっぱりならなかった。仕方ないけど。黒人はスゴイ。黒人はステキだ。ジャマイカ、行きたいよ。ライブが明けて次の日は温泉に行ったんだけど、その温泉はライブの半券を持っていくと割引があるということで、キャンプに行ってたラスタマンたちで繁盛していた。私たちは3時間利用だったけど、一日利用の人はみんなおそろいのヘンなムームーを着ている。地元のオバチャンやオジチャンとラスタマンたちがお揃いの派手なムームーを着てるのは、かなり微笑ましい光景だった。というワケで、レゲエ、キャンプそして温泉と、まさにパラダイスの週末であったことだよ。

5月13日(木)
そうこう言ってる9月の脚本が上がったことである。エラーイ、私ってスゴーイ。と舞い上がる詩森である。それもこれも、あの女が、あの女というのは、香辛料孤児の座長でこんどの芝居にもでてくれる大嶋さんなんだけど、その大嶋くんが、会うたび、電話掛けてくるたんびに、「脚本はー?」と無邪気に訊ねてくるからに違いないのだが、また、その無邪気さが妖怪のような怖さを醸すところが何者!?というかんじでもあるのだが、今日のところは、私がエライってことにしておこう。エライぞ。詩森。でも実は10月にやる公演の脚本を人から頼まれているんである。はー。また脚本だよ。何より脚本書きが嫌いな詩森には、酷な現実だ。だから、そう休んでもいられないんである。というワケで詩森ろば初の外部書き下ろしというのが、実はこの秋あるのです。10月のアタマに下北のオフオフで。麦穂星と書いてスピカと読むユニット。女の子の二人芝居だそう。原案は別な人なんですけどね、脚色するのがあたしというワケ。こちらもどうぞヨロシクねん。(コワれている。今日の詩森でした)


5月11日(火)
ついに「ガメラ2」を見る。これがまた、オール・クライマックス、ジェットコースター・ムービーというかんじで、なんだかスゴイんである。細かいカットのひとつひとつから作り手側の、「こんな風に撮りたいんですっ」という気持ちがひしひしと伝わってくる。「ガメラはガイアよりの使者なのだ」というとってつけたような結論も含めて、怪獣映画かくあるべし、というかんじで大いに楽しんだ。9月の脚本の先が見えてきたので、鉄村夏芽に電話し、顔合せの日を決めるように指示を出す。書くぞー。


5月8日(土)
連休明けからは気を入れて9月公演の脚本の直しに着手している。最近、書く際に資料をひもとくことが多くなった。前は殆ど資料って使わなかったんだけれど「寄生植物園」を書いた時に寄生植物について調べたらとても面白く、物語を書くにあたってインスパイアされる部分も多かったので心を入れ換えて多少は勉強することにしたのだ。とはいえ、「最後の素足」の時みたいに「四谷怪談」の関連資料をたくさん読んだりするのはあんまり好きじゃない。物語を書くのに物語を読むなんてなんだかとてもナンセンスだと思う。まあ、アレは原作があるのでイヤイヤたくさん読みましたけどね。で、9月はなにを読んでいるかというと主にサボテンとかの図鑑なワケだ。サボテンはなかなか奥深い植物で、読んでて飽きない。きっと書きあがるまでには俄かサボテン博士になっている(予定)の詩森であった。


5月5日(水)
今日は連休最後の日。快晴である。散歩好きの詩森としてはこんな日に出掛けないわけにはと大井埠頭にある野鳥公園に行ってきた。予想通り空いていたし、珍しい水鳥もたくさんいて思いのほか楽しいひとときをすごした。そして野鳥観察にはガメラと同じくらい(SFX展と比較しての体感)のコアなファンがいるのだと知ったのもまた驚きだった。ちなみにただ散歩に来た我々のような人間と、コアな野鳥マニアは「マイ望遠鏡」を持っているかどうかで識別される。その後は近所の池上温泉(銭湯なのに温泉というオトクな銭湯。ちなみに都内にある天然温泉は38ヶ所だそう)でまだ夕刻だというのに菖蒲湯につかり、大急ぎで家に帰る。なぜ大急ぎかと言うと珍しく見たいテレビがあったからだ。そのテレビとは日本テレビでやる4時間ぶち抜きの大作番組「人の道、人への道」である。どたばたと食事の支度をし、ビデオまでセットして今や遅しと番組が始まるのを待つ。筑紫哲也と立花隆、そしてなぜか広末涼子をメイン・キャスターに迎えたこの番組は、20世紀の最先端科学や医療、ルワンダ大虐殺の現場からのルポルタージュなどを通してこれからの人類について考えて行こうという労作で、民放の番組としては相当見応えのある面白いものだった。NHKなんかは面白いドキュメンタリーが多いのだけれど、民放という露出の多いメディアで、しかも家族揃って見ることが出来る祝日のこの時間帯に、こういった番組をやったことは意義深いことだと思う。こういう番組が視聴率をとるためなら、広末涼子の起用だってぜんぜんオッケーである。ああ、面白かった。面白かったんだよお!!


5月2日(日)
今日は名古屋在住の劇作家K村さんを囲んでの食事会というのがあって、久し振りに午前中から出掛けた。お茶を飲んだり、ごはんを食べたり楽しい時を散々過ごしたのに、解散したらまだ3時で、早起きすると一日が有意義だ、ということを実感し、自堕落な生活を反省する詩森である。その後、自宅のある大森の駅まで戻って来ると、近くにあるベル・ポートというでっかいビルで「ガメラSFX展」というのをやっているというポスターを発見。名作の誉れ高いガメラシリーズは実は観ていないんだけれども、今日会った仲間がそろいもそろってガメラファンだったのと、SFXという言葉の響きになぜだか弱い詩森としてはこれはぜひとも行かねばと菅原さん(詩森夫)を呼び付け、意気揚々と会場に向かう。会場はとても空いていて、コアなファンの人たちが真剣な顔で写真を取り捲っていた。思ったようなでっかいガメラとかはなかったけど、結構大きな特撮用セットとか、雲を作る特殊装置とかがあって、なかなか面白かった。笑ったのは、「エキストラ体験コーナー」というのがあって、合成画面でガメラから逃げ惑うエキストラを演じることが出来る。収録されたビデオ付きで1800円もするのでやらなかったけど、やった人たちのビデオを鑑賞して大笑いしてしまった。最後はCG体験コーナーというところで、コンピュータを使って合成画面を作るシュミレーションをやって遊ぶ。フォトショップというソフトを使ったので、使い慣れている私たちは、特殊効果をどんどん入れて、京都駅に現れるガメラ(逆光付き)を作成した。プリントアウトしてもらって300円。ちなみにこのイベントは5日までで、入場料は1200円でありました。


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4月の日記

4月28日(水)
会社に行こうとする菅原さん(詩森夫)が見慣れないスボンをはいているのでよく見るとそれは詩森のスボンであった。少しゆったりめとは言え、なぜ、女物のスボンがはいるのかと朝っぱらから嫌な気持ちになる。そして、身長差が10センチもあるというのに、丈がちょうどいいと言うことは、私の夫は実は足が短いということだろうか?それともお尻の肉がないから、結果、スソが下がり丈があうのだろうか?どちらにせよ、不愉快である。おかげで、菅原さん母(詩森姑)にあうたんび「ちゃんと食べさせてるの?」と言われる始末だ。劇団座長の嫁をもらってしまった菅原さん(詩森夫)には「幸せ太り」など縁のない言葉なのかもしれないと、少し気の毒にもなる。気の毒に思ってるヒマに、妻としての努めをちゃんとやれ、と言われてしまいそうだが、あれは体質だし、菅原さん父(詩森舅)だって余分な肉など一切ついていないのであるからして遺伝でもあり、「妻の努め」とは無関係なのだとこの場を借りて強く言っておきたいと思う。


4月26日(月)
ジャンルにこだわるのはつまらないことだと気付いてから、本でも映画でも雑食になり、いろんな楽しみ方もできるようになったが、詩森にも「好み」というものはもちろん存在する。この好みがものすごく狭いので、我ながらこだわるのも馬鹿らしくなりいろんなものを見るというのもある。枕が長くなったけど、今日見てきた「永遠と一日」というアンゲロプロスの新作は、詩森の好みのストライク・ゾーンど真ん中直球というかんじの映画だった。この監督の映画はなんだかんだといいながら結構見てるのだけれど、別に超好みとかそんなじゃなかったように思う。でも今回はどういうわけかすとんとハマった。気難しい知性派の監督というイメージがあったけど、この映画にはその自分の気難しさまでも「しょうがない奴だ」とどこかで笑い飛ばしているような暖かな眼差しがある。好きすぎて論評なんてしたくないので、詩森の好みとやらを確かめに映画館まで行こうという酔狂な方は、銀座のシャンテ・シネでやってます。ご自分の目でお確かめ下さい。平日の昼間でも満員でした。早めに映画館に着くことをお勧めします。


4月25日(日)
昨日から3日連続(予定)で映画三昧の日々である。昨日は今年の映えあるアカデミー賞作品「シン・レッド・ライン」、今日が「王妃マルゴ」のパトリス・シェロー監督の新作「愛するものよ列車に乗れ」、明日が久々のアンゲロプロス監督の「永遠と一日」。「シン・レッド・ライン」は、(詳しくは戯れ言の方に書くけれど)まさに傑作、感動的だった。アカデミー賞を争った某スピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」とはえらい違いだ。第二次世界大戦物ということだけで比べること自体が間違ってる気がする。そして、今日見てきた「愛する者よ・・・」の方は、率直に言って久し振りに「わからないなあフランス人」という気分になるフランス映画だった。昔、フランス映画がとても苦手で、見るたびに???となっていた詩森も大人になり、随分感覚的にも理解できるようになっていたつもりだったし、ベネックスとかカラックスなんかは大好きだったりもするのだけれど、今回はちょっとダメだった。文化村のル・シネマで詩森は面白いと思う映画に出会えたためしがない。選んでる人と相性が悪いのかもしれない(ちなみに東京でいちばん相性のいい映画館は同じく渋谷にあるシネ・ライズ)。そして、明日は娯楽性のなさとプライドの高さでは、タルコフスキー亡き今、他の追随を許さぬアンゲロプロスの新作だ。体調を整え、睡眠も充分に取り、昼ゴハンも食べ過ぎないようにして臨みたいと思っている。


4月23日(金)
プラハ在住の人形師、沢則之さんという人の公演を見にいった。お人形自体はもちろんのこと、沢さんのブラック入ったパフォーマンスも楽しく、1時間余りがあっという間だった。今回は小品集だったけれど、次はもう少し長いものも見てみたいと思う。会場に人形が展示してあったのだけれど、縫い糸までが美しく、しばししげしげと見入ってしまった。その行き帰りに大阪在住のK原さんから推薦された貴志祐介の「黒い家」という小説を読む。K原さんは今回の芝居も見に来てくれると言っていたのに、仕事の都合とやらで直前になって裏切ったのだ。そのかわりに、とこの本を推薦してくれたんだけど、かわりだと!と憤っていた割に読みはじめると面白くて止まらなくなった。ラスト、犯人が主人公を襲うシーンだけは、なんだかなーと正直思ったけど、保険金殺人というタイムリーなモチーフとディティールの細かさがぐいぐいと興味を引っ張る。「ウンジャマ・ラミー」に興ずる菅原さん(詩森夫)の傍らで読み続け、結局読了。そしてジェームズ・エルロイの「ブラック・ダリア」をようやく買ってきたので、明日からはついにこの長大作シリーズに着手するつもりだが、「LAコンフィデンシャル」とか「ビック・ノーウェア」とか、上下巻なのね。はー。読む前から溜め息しきりだ。ところで、今日は17歳女子高生、史上最年少文芸賞作家、篠原一の「壊音」が文庫になったのでどれどれとこれも読んでみた。世界観はまさにエヴァンゲリオン(でも書かれたのはエヴァより前)なのだけれど、文章が上手いのには舌を巻く。才能だなあ。しみじみ。とまあこの頃、読書日記となっているろば日記ですが、このように珍しく読書意欲が沸騰中の詩森のために、推薦図書、あったらぜひとも教えてくださいねえ。


4月22日(木)
今日は朝から職安に行ってきた。月に一度の失業の認定日なのだけれど、窓口は人で溢れベルトコンベア式で認定が行われていく。世の不景気もさることながら、自分の年齢が「就職」ということに限って言えばかなりの可能性を断たれたものであることを実感する。その喧騒に紛れて立花隆の「青春漂流」読了。これは、様々な職種(それも鷹匠から精肉職人に至るまで比較的世の主流とは外れた)に従事する若者たちへのインタビュー集である。これが職業安定所というロケーションもあいまって、鮮烈な印象を残した。彼らはいわゆる世間的な成功を納めた人たちばかりではない。しかし立花隆の平易かつ的確な文章力によるところも大きいが、その生き様がストレートに胸を打つ。そうこうするうちに窓口で名前を呼ばれ、失業手当ての振込日を確認して安定所を後にする。人の生き様に感動している場合じゃないわけだ。でも掛け値なくいい本だった。講談社文庫514円。


4月20日(火)
公演が終わってから一昼夜眠り続けた詩森である。こんなに疲れた公演もめずらしい。それもこれもパーティなんてものをやったからに違いない。人ゴミと知らない人がなにより苦手なくせにパーティという言葉の持つ響きにめっぽう弱い詩森は、自ら望んでやったパーティで毎日ぐったりしていたのだった。そして、役者・スタッフの賄い。アルスノーヴァで公演していた時も賄いはやってたんだけど、小屋でちょこっと作るのと、家で作って持っていくのでは、どこか勝手が違ったらしい。鍋をガラガラに乗せて貴船坂を登っていくその姿は我ながら相当あやしいものだった。さて、様々な人から質問を受けた「最終ピエルベットアルバイト」の意味だが、楽日になってその全容がようやく明らかになった。小屋主の明石さんが語るところによると、奥様(この奥様、可愛らしいことこの上なく、不思議なオーラに満ちていて、ただ者ではなかった)がよく夢を見る方だそうで、その夢の中で、音楽や演劇をやる不思議な劇場「最終ピエルベットアルバイト」というところに行ったことに由来するらしい。だから、「最終ピエルベットアルバイト」でワンワードであり、意味はわからないというのが正解だということである。そして、あの家の地下には、地下室まであるんだよ。そしてカイという人間の顔をした黒犬もいる。わかりづらい地図に迷いながらお芝居に来てくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました。「最終ピエルベットアルバイト」を超える公演場所はなかなか見つからないと思うけど、この「劇場じゃない場所シリーズ」は続きます。どこかステキな場所があったら教えて下さいね。


4月15日(木)
初日があけた。こんな風に初日が明けてから日記を書いていられるのも会場がうちから徒歩10分という素晴らしい場所にあるからに他ならない。それにしても今日は朝から息もできない忙しさだった。本番の朝だというのになぜか台所で猛スピードで立ち働く詩森そして有能な助手、境。公演が終わってからのパーティの準備と役者・スタッフの賄いである。そして鍋を抱えての小屋入りであった。このように忙しい割にのどかさばかりが目立つ初日であったが、お芝居の方は詩森が照明を間違えたこと以外はこれといったミスもなく、つつがなく終了した。お客さんがまさに身じろぎもせず見てくださっていることに驚き、身のひきしまる思いだった。お陰で忙しさのあまり花粉症の薬を忘れた詩森の鼻息がうるさかったと音楽家寺田くんから目茶苦茶失礼なクレームがついたほどである。慣れぬことに受付、パーティともにバタバタしてしまったが、今日からは公演場所に相応しくエレガントなムードでせまりたいと願う詩森であった。


4月13日(火)
いよいよ今日で稽古場の日々ももう終わり。明日から小屋入りである。今回はもうやるだけやったというかんじなので、ぜひとも皆さん見に来て下さい。辺見庸の「反逆する風景」読了。例のベストセラー「もの食う人々」には書かれなかった「ある部分」を記述する試み、とのことだったが、そのコンセプトと共に内容も興味深く読んだ。感覚の部分で信頼できる人の文章を読むことはそれが、相当シビアな事柄に言及しているものであっても、それだけで私にとっての癒しであり、救いである。それだけ日々過ごす中で、時代と自分の感覚のズレに知らず知らず傷ついているのだろうと思う。目を背けたくなるようなことであっても、目を背ければ傷つかないということはないのだ、ということを再認識するまたとない機会となった。


4月11日(日)
いよいよ稽古もあと3日を残すのみとなった。華奢なかんじの芝居ではあるが、芝居としてのしたたかさが出てきた気がする。うちの芝居は強さはあってもしたたか、という感じは良くも悪くも今までなかったことで、不思議な感覚だ。この芝居をあの空間に置き、お客様からの 眼差しを受けた時にどのように変化するのか、息を詰めて待っている感じだ。稽古の後は、境の衣装のズボンを買いに新宿へ。とにかく境という人は着映えのしない人で、衣装には毎回苦労させられる。購入の際は、必ず同行しなければならないというのも世話が焼けるところだ。くだんの高価な鳥籠を ガラガラに乗せ、雨の新宿をさ迷う境と詩森、そして無理矢理連れてこられた桐野。「まあ、これなら、いいか」というものを見つけた時には日もとっぷりと暮れ果て、無言のままそこら辺の中華屋に入り、空腹を満たすために貪り食う。本番の週が、始まる。


4月8日(木)
今日も今日とて平日のマチネで、東演というところの「長江」という芝居を見にいった。制作の方が知合いで熱心に誘って下さったのと、扇田昭彦さんがなにかで誉めていたのを読んで、じゃあ、行ってみようかな、という気になったワケである。バリバリの新劇なのだけれど、これがなかなか面白かった。人生にはうまくいかないこともたくさんある、と踏まえた上で堂々と希望について語る、正攻法が心地良く、役者さんも良い脚本に応えていたように思う。特に老人ふたりをやった役者さんには、小劇場の役者にはなかなかない年輪の力を感じた。とまあ、見て損のないものではあったが、5000円を越えるチケット代はさすがに高すぎよなあ、と今更のようにグチりつつ劇場を後にするのであった。


4月7日(水)
今日は、黒沢明の唯一の劇場用戯曲という「喋る」を燐光群でやるというので、梅が丘に平日のマチネを見にいった。平日マチネで観劇、なんて、無職はほんとスバラシイ。お芝居も「黒沢明唯一の」という御威光にヤラレタところもあったかもしれないけど、面白かった。戦争直後の日本のある家庭のお茶の間のドタバタを通じて、戦争というものの本質に言及していく戯曲の手腕が際立った。「体制というものに個をたくすと、体制の崩壊とともに個も崩壊してしまうのだ」というそのメッセージは、バブル崩壊後の日本の(特にサラリーマンの)アイデンティティの喪失ぶりと重なり、そこらへんも面白かった。同時上演の「その後」は「喋る」の後だけにテキストが紋切型に感じられ、惜しい気がした。また、主力役者によるアトリエ公演ということで、起き抜けのボーッとした状態では役者さんの凄いパワーを受けきれないほどだった。ただ、この頃リアルなセリフとはなにか、というのを身を持って体験してしまったため(自分の劇団では残念ながらなく、前に日記にも書いた「極東演劇研究所」というところ)、物足りなさは残る。きっとしばらく、演出していても、観客としても、この物足りなさを引き摺り続けるのかもしれない。


4月4日(日)
全日、予約ソールド・アウトに気を良くしていたら、買ったばかりの携帯電話をなくしてしまった。たった2週間である。失せ物名人の詩森は、この手のことは日常茶飯事であきらめはいいほうだが、さすがにちょっとがっくりきてしまった。携帯電話自体もショックだが、気に入っていた「ナイトメア・ビフォア・ザ・クリスマス」のジャックのストラップがなくなってしまったのが悲しくて、菅原さん(詩森夫)に当たり散らす。気のいい菅原さん(詩森夫)は詩森の理不尽な怒りにも関わらず、「詩森さんがジャック好きならあげます」と桐野がくれたジャックのポータブルライトを組み立てて励まそうとしてくれたが、それしきのことで詩森の気は晴れない。取りあえず明日、J−PHONショップに行くことにして、電話の方は止めてもらった。このJ−PHON、PHSですら繋がる稽古場で、圏外になってしまうというシロモノだが、音はとても良いので、携帯電話特有のイライラがないのが良い。それにしても、この人間離れした失せ物の嵐はなんとかしたい、と心から思う詩森である。


4月3日(土)
今日は寺田くんがやってきて、音楽を合わせての稽古をやった。なかなかチグハグになってしまい、先が思いやられるが予想されていたことではあるし、昨日、このシーンの抜き稽古をやった時に、あまりのひどさに怒鳴り散らしたため、稽古場のムードが最悪になってしまい、その後の稽古がガタガタになったので、ここはじっと耐える詩森である。稽古の後、飲みに行ったのだが、ここでは、映画の話と音楽の話で持ち切りであった。しかも、桐野も詩森も映画はヨーロッパな人なので、フェリーニがどうの、ケン・ラッセルがどうの、という調子である。こうなるとカヤの外になるのは、当然のことながら境であった。どこか遠くを見詰め呆然としている境を気の毒に思ったのか、見た目の割に優しいところのある寺田くんが「境くんはどんな映画が好きなの?」と声を掛ける。「いやぁ、なんか、場にふさわしくないかもしれないけど」とさんざんもったいぶったあげく、遠い目のまま、「マッド・マックスですかねえ」と答える境。静まる一同。マッドマックスは見たことないけど、きっといい映画なんだろうとは思う。しかし、それにしても。取り返しのつかぬことになったまま、いそいそと帰り支度を始める今夜の風琴工房であった。


4月1日(木)
イガラシさんで暮れた3月の「ろば日記」であったが、4月の始まりもまた、イガラシさんなのであった。今日はかねてより騒いでいた送別会の日であった。しかし、事前に騒ぎすぎて満足してしまったのか、今ひとつ山を越えてしまった感の詩森&桐野である。ともあれ主催者であるからには、それなりに責任というものもある。お餞別として写真集を買い、待合わせ場所に向かう。そして、そこには、当然ながらイガラシさんがじゃあんといたワケである。スズキさんというお友達もいっしょだ。つつがなく食事は進行し、イガラシさんの謎はあまりとけぬまま、お友達のスズキさんとはやけに仲良くなって送別会は終了した。スズキさんはお芝居にも来てくれると言っていた。そして、私と桐野を「とても遠乗りは不可能なのでは?」という中古のアメ車に乗せて、会津まで髪を切りに行ってくれるそうである。よって番外編は「おんなふたり会津湯けむり紀行」ではなく、「アメリカン・グラフティー GOGOヘア・カット編」と変更を余儀なくされた。「では、その時には温泉でも」とはにかんだ微笑みを浮かべながら、通り一遍の社交辞令を口にするイガラシさん。ひとりっこのイガラシさん。台風の日に多摩川(しかもニコタマのあたり)でキャンプをしたイガラシさん、いっつもおんなじ服なのにいっぱい服を持っているというイガラシさん、今宵は桜満開の、しかも最後はイガラシさんからの熱い握手で締めくくるというなにやらマヌケでとぼけたお別れ会でありました。



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