ろばくん ROBA DIARY

Back
Home
1月31日 Thu

 ナツメ友人で風琴工房の頼れる助っ人みっくの車で、劇団荷物を倉庫に運ぶ。ミックのハニーもいっしょである。荷物を運んだ後は、天王洲アイルでお茶。ナツメへの容赦ないみっくの突っ込みがいちいち的をつきすぎてて大笑い。まあ、笑いごとではないワケなんだが。
 夕方3人は帰っていき、家のとなりのペットショップで琴ちゃんの毛引きについて相談する。「手乗りですか?」と聞かれたので「いえ、手乗りじゃありません。でも手には乗ります」と言ったら、「それは手乗りです。」とキッパリ言われる。でも琴ちゃんを買った鳥屋のオヤジは「手乗りじゃない」って言ってたぞ。「メスだから巣づくりかもしれません」と言われて、巣作り用の草みたいのと、不足しがちな栄養をとるための餌を購入。で、家に帰って青菜を入れたり、栄養剤を入れたり、巣作りの草を入れたりしてあげる。その後菅原さん(詩森夫)の帰りを待って、鳥籠から出す、というのをやってみる。ストレス解消のためには時々鳥籠から出して、自由にさせてあげるのがいいのだそうだ。いきなり広いところに出された琴ちゃんは、バタバタ飛び回り、壁にぶつかったりしている。大丈夫なのか。そして、手を差しのべると、ちょこんと手に乗って、小首を傾げている。心持ち嬉しそうにして動こうとしない。
 「手乗り」だ。
 琴ちゃんはまちがいなく、「手乗り」である。
 今まで「鳥を飼う」ということにいまひとつモチベーションを見いだせなかった詩森。手に乗ったり、肩に乗ったりするのがことのほかに愛らしく、一気に親バカ状態突入である。いいじゃん。鳥。なかなか面白いよ。鳥。そして、肝心の毛引きであるが、となりのオジサンがいうように黒い布の上で実験してみるとキラキラした皮脂みたいのが落ちるので、どうやら羽根に虫がついたものではないか、という結論に達する。明日は殺虫剤を買ってこなければ。あーあ。だから動物はイヤなんだよな。夢中になっちゃうから。それが例え鳥でもな。

1月30日 Wed

 食事の買い物をして家に帰ったら、カギを会社に忘れたことが判明した。家に入れない。この「家に入れない」というのは詩森の得意ワザで、昔、中からパチッとボタンをして止めてカギをかける(つまり閉める時にはカギが不要の)部屋に住んでいたころは、しょっちゅう部屋から閉め出されていたし、世田谷の家に住んでいた頃も2階の窓から泥棒のように部屋に入る、という荒技をよく使っていた。よく雑誌などに「恋人においそれと合い鍵を渡してはいけない」と書かれているが、わたしはそういう存在がある時にはなにより先にカギは渡していたし、自分もカギをもらっていた。女として舐められるとか、そんな恋愛の駆け引きより、いざという時路頭に迷わぬ手段が絶対に必要だったからである。こんなことではいつまでたっても恋愛の達人にはなれない。そんな詩森は旅行で人と相部屋になる時は必ずホテルのカギは相手にもってもらい、「わたしのことは絶対にアテにしないで下さい」と言い渡す。新幹線に乗る時、飛行機に乗るとき、チケットチェックを済ませるやいなや同行者に渡す。なくなるだ。わたしの切符はいつだって理不尽に。村上春樹によると切符というものはなくす人となくさない人が世の中にはあり、それは運命のようなものでどうしようもならないのだそうだ。
 そんなワケなので仕方なく近所にあるカフェベローチェで菅原さん(詩森夫)の帰りをひたすら待つ。待っている間に本を2冊も読んでしまった。ようやく帰ってきた菅原さん(詩森夫)のオカゲで家にも入ることができ、パスタで夕食。なにごともない一日のハズだったのに、カギいっこのお陰で大騒動に。それはいったい何故?

1月29日 Tue

 新宿で寺田くんと飲む。とある件での打ち合わせがあったのだが、その他この間の公演のことなどもいろいろ話す。別にグチを言っていたワケでもないのに、いきなり「次の公演はやるべきだよ」と言われてビックリする。そうだよな。やらなきゃな。動くべきだ。別れ際に「今年はお互いがんばろう」なんて言ってみるのも、たまにはいいものである。まだ1月だしね。頑張れるような錯覚、あるじゃん?ないか。まあ、なくてもさ。やるよ。わたしは。

1月28日 Mon

 今日は琴ちゃんを手に乗せて歌を歌ってみる。せっかくなので「歌を忘れたカナリア」を歌ってみるが、歌詞がかなり思い出せない。歌を忘れたカナリアはどこに捨てられてしまうんだったろうか。ちなみに琴ちゃんはカナリアではなく文鳥である。台本では最初、鳥はカナリアであった。しかし、死刑囚がカナリアを飼っていた、というケースはどんなに文献をあたっても得られなかった。なので台本上のカナリアという記述を全て「小鳥」に改め(文鳥という響きはやはり上手くはまらなかった)、鳥は文鳥を買ってきたのであった。それにしても、様々な手段で鳥となんとかしてコミュニケーションをとろうとしている私はかなりバカっぽい。認めたくはないがかなりの動物好きなのだ。幼い頃は獣医になりたくて、毎日ペットショップに犬を見に行き、獣医を目指しているとう近所のお兄さんがくれた専門的な動物生態学の本を読みふける小学生であった。なので今でも犬猫の種類や病気にはものすごく詳しいし、原産地とかまで知っている。それにしても鳥という生き物はよくわからない。その上ほんとうによく汚す。毎日毎日掃除をしているのに、鳥籠の回り半径50pほどはいつも粟やら稗やらが散らかって大変なことになっている。そして特には心の交流というのは感じられない。それが鳥。鳥という生き物。
 そんなことはどうでもよくて、今日は青年団の「冒険王」に行ってきたのであった。「冒険王」は面白かった。そして知り合いで溢れていた。倉迫さんもいたし、羊屋さんもいたし、金曜日に見た山の手事情社の役者さんたちもたくさん来ていた。松岡を誘っていったら、なぜかナツメも来ていた。舞台の上にも知り合いがたくさんいたハズなのだが、みんなバックパッカー役で髪が長髪になっていたので、誰だかわからない人もいた。私も所詮は演劇人なので、演劇をやってなかったら、バックパッカーとして旅をしている人生であったかもしれない。今年は一回は外国に行こう。
 というような個人的な決意はさておき、同時多発、とか、ある一瞬を切り取って普遍を浮き立たせる戯曲の力、とか、何かとてつもなく洗練されていて、さらに役者の力もものすごく上がっているという印象があり、これはもう青年団の専売特許ということにしたほうがいいと思ったし、エセ青年団みたいなものを見に行くくらいなら、青年団を見た方がずっといいよな、というごく素人のような感想を抱いたのであった。

1月27日 Sun

 ひさしぶりに図書館に行って、本をまとめ借り。公演中は全然そんなことなかったのに、琴ちゃんが自分で自分の毛を抜く「毛引き」というのを始めてしまい、ネットで調べると「退屈」だったり「コミュニケーション不足」によるストレスが原因、と書いてあったので、今日から琴ちゃんのいる部屋で読書時間をとることにする。それにしても小鳥とコミュニケーションとはいったい…。公演で疲れた神経を休めてあげようと、なるべく干渉しなかったのが裏目に出たのか。読書しながら琴ちゃんがピーピー鳴くたび、「なあに、琴ちゃん」と話しかける私。そうすると琴ちゃんはじっとわたしのほうを見て心持ち嬉しそうに小首をかしげている。やはり寂しかったのか。鳥の分際で。
 しかし、鳥はなんせ鳥なので、考えていることはサッパリわからない。しかし、琴ちゃんは人に注目されるのが好きだ、ということだけは確かなようだ。さすが女優。
 夜はようやく重い腰をあげ、自炊。メニューはチゲ鍋。それは自炊と呼べるのか?菅原さん(詩森夫)情報で、チゲ鍋には「納豆」を入れると美味しい、と聞き、さっそく試してみる。いや、美味しい。ホントに美味しい。チゲ鍋にはひき割納豆。これホント。ぜひお試しあれ。

1月26日 Sat

 行きましたよ。どこに。ディズニーランドシーに。
 誰に誘われたワケでもなく、タダ券や割引券を持っていたワケでもなく、ただ自分が行きたいので行ってきました。言い訳しません。そう。ワタシはアミューズメントパーク好きの女。USJに開園一週間以内に行ってきたとゆー、ほんと、ただのミーハー。しかもさ、ディズニーランドシーったら、「りんかい線」を利用すると、うちからドアトゥドアで30分なのよ。ビックリ。
 そんなこんなでディズニーランドシー。いやはや、スゴかったよ。人出も、その完成度も。あれで5500円。演劇にお客さんこないハズよねー。敷石ひとつとったって、技術の粋を集めた汚しは目を見張るほど。アトラクションもショーも徹底的に凝っている。おまけに食事もどこで食べても美味しいのだ。浮き世の憂さを忘れるとはまさにこのこと。
 レイダースとセンター・オブ・ジ・アース、リトル・マーメイドのショーは3大人気アトラクションだと思うけど、どれもスゴイ完成度なので、例え並んでも乗る(見る)価値充分。あと、ディズニーランドシーの「ここから○○分待ち」の表示は0.75掛けくらいで考えるとピッタリだったね。詩森イチオシは、夜のセンター・オブ・ジ・アース。地底を走るコースターが一瞬外に出たとき、「夢幻」という単語が浮かんだよ。ほんとうにキレイだったな。
 アトラクションの待ち時間に「池袋ウェスト・ゲート・パーク」読了。面白かった。かなりマンガちっくだったけどね。

1月25日 Fri

 山の手事情社の「ぴん2001」。円形劇場。清水怜雅を誘って別々の人にそれぞれ予約したら、結局となり同士の席だった。「ぴん」というタイトル通り、一人芸の集合体である。なんといっても「ぴん」なので、滑るものはどこまでも滑り、面白いものはどこまでも面白いのであった。でも知り合いの人のはみんな面白かったので、終演後、会いづらいということもなく、よかった。でも円形はいい劇場だよな。できたら一度やってみたいよ。
 怜雅ちゃんとテキトウにそのへんにあるパスタ屋に入ったら、これがなかなかの不味さ。昨日からとことん不味いものについているワタシだ。先日の公演で何がいちばん問題だったか、というと俳優教育に関する詩森の甘さと風琴工房俳優陣の実力不足である、ということを不味いパスタを食べながら話す。稽古しなきゃ。とにかく稽古。公演とは関係のない稽古をね。そんなところ。

1月24日 Thu

 前々から気になっていた天王洲アイルにあるアジアンレストランに行ってみる。アジアンとは言え、コリアン風からインドネシア風まで網羅されたメニューを見てかなり不安になったが、とりあえずいくつかオーダーする。これが、出てくるもの出てくるもの全て不味い。驚くほど不味い。刺身は凍り、肉は固く、味がやたらと濃い。美味しいもの好きとはいえ、チェーン店の居酒屋などにも平気で行くし、多少不味くても食べられない、ということはない詩森だが、ここのレストランのまずさにはさすがにお手上げといったかんじだ。なんといっても白眉はナシゴレンで、焼きめしのハズなのにゴハンのニチャニチャとした塊が出てきたのには、ほんとうにビックリした。だいいちさ、入れるなよ、ミックスベジタブルをナシゴレンにさ。そんなこんなで大量に残してそのレストランを後にする我々。皆さん、天王洲アイルのアジアンレストラン「マヒナ」にはゆめゆめ行ってはなりませんぞ。
 家に帰って憂さ晴らしにアイスを食べながら読書。石田衣良の「うつくしい子ども」。プロットとか細部とかは、「これ、どーかなー」、というかんじで、最後まで読むと、物語自体、アレレというところもあるのだが、主人公の人物設定がとても良く、一体化しながら一気に読む。登場人物の心の痛みを書かせたら、重松清なんかも上手いなあ、と思うけど、こんな風に、作者の心情と登場人物の気持ちがシンクロニシティしてくかんじは彼にはない。いつも物語の外側にたっているかんじだ。もしくは同調しすぎて客観性に欠ける小説、というのも世の中にはたくさんあるので、「うつくしい子ども」はそこらへんのバランスが絶妙と言える。元コピーライターだけに文章がちょっとキャッチーすぎる気もするが、眼差しのあり方に並々ならぬ興味を覚え、この作者の本をちょっと続けて読んでみるか、と思う詩森だ。
 そんなこんなで読書意欲がヒタヒタと高まっている詩森。推薦図書などありましたら、こっそり教えて下さいませね。

1月23日 Wed

 うってかわって穏やかに過ごす。いろいろ考えるところあり。夕食に家の隣の中華屋に行ってみた。「量がやたら多くて安い」というのは菅原さん(詩森夫)による事前報告だが、確かにその通りだった。回鍋肉も青炒肉絲もわたしが作ったほうが美味しい。そう言うと、「君はほんとうに自画自賛が多いね」と菅原さん(詩森夫)に呆れられた。まあねえ。外食してそんな文句言ってるくらいなら、作るべきだよね。ヒマなんだからさ。まあでも自炊再開は今週末からと勝手に決めて、ぐうたらぐうたらテレビさえ見ず過ごすワタシ。気づくと見に行かなければならない芝居の多さにいきなり気づき、予約などしてみる。ああ、私の絶望とは関係なく世界は回り、舞台は今日も幕を開ける。前向きに生きよう。と、なんの脈絡もなく思う。そんな公演終わってはじめての水曜日。

1月22日 Tue

 今日も一日ワープロの内職仕事。合間に劇団の事務仕事。更に合間に坂本龍一編集の「非戦」を読んでいるんだけど、もちろんこの本の主旨には賛同するし、多くの寄稿者と詩森も考えを同じくするとは思うんだけど、ここまで揃いも揃って「テロは憎むべきもの」「しかし、それに対して報復措置という名のもとアフガニスタンの罪なき民を殺すのは絶対にいけない」という二段論法でこられると「待てよ。それでほんとうにいいのかい。」という気にもなってくる。そこには「絶対的な正義」しかないし、「絶対的な正義」なんてものに凝り固まることが、硬直した現在の世界状況を生んでいるとわたしは思っているので、それが自分の価値観と歩調を合わせている、という理由だけで圧倒的に支持というのもどうか、と思ってしまうのだ。まあ、もう少しシンプルにものごと考えたほうがいいのかもしれないけど、ひとつの価値観だけが集合した寄稿集というのも、なんか不健全だよねえ、と思う詩森である。もちろん、このお仕事自体は素晴らしいものだと思うし、ネームバリューをこのように使う坂本龍一を尊敬もするけど、できたら、「是戦」という形で、「戦争支持」だけを集めた寄稿集もぜひ編んでほしいな、などとも思ったりするのだな。
 この間、テレビ見ていたら、「ノーベル平和賞」をとった人たちが今回の報復についてどう思うか、というインタビューを延々やっていたんだけど、殆どの人が「絶対支持」だったんだよね。ノーベル平和賞はマザー・テレサやダライ・ラマもとっているけど、主に「政治的に平和を勝ち取った人」に与えられる賞なので、むべなるかな、というかんじでもある。
 そんなこんなで菅原さん(詩森夫)と「タリバーンはアフガニスタンにとってどんな政府だったか」というようなことを話しつつ就寝。タリバーンと言えば「女性の人権を無視した」ことで有名だが、菅原さん(詩森夫)によるとかの地では「女性の権利を守る」ことを政府がやろうとすると必ず人民の間から武装蜂起が起こるのだそうだ。物事は一面的ではなく、その全てを知るのは難しい。私たちにできるのは自分の価値観や知識では伺いしれないことが物事の裏側には貼り付いているという認識を常に持つことでしかないだろう。難しいけど。とゆーワケで「非戦」読みつつ「好戦的」な詩森。荒れ狂う日々は続く。

1月21日 Mon

 殆ど眠らぬままヨロヨロと会社へ。たくさんの締め切りを抱え、悪戦苦闘。泣きそうだ。でも仕込み初日に内職仕事が来たときのほうがもっと辛かった。断りたかったけど、結局徹夜で打ち込み。だって3万円くらいになるからねえ。このお金のかかる時期に3万円。芸術のためそんなコトをしているヒマはありません、と断る勇気はわたしにはなかったよ。で、ゴハンも食べずに働いていたら、とつぜん、電池切れ。帰りの電車で、動けなくなる。それでもゴハン食べたらすぐ回復するあたりが鉄人だよな。体調も全然悪くないしさ。
 そういえば遅ればせながら田口ランディの「コンセント」が文庫になっていたので買ってみる。さっそく読んでみたけど、これ、どこがいいワケなのだろうか?前提となる兄の設定はとてもうつくしく、どれほどの傑作でも生み出せそうなシュチュエーションだと言うのに、次次出てくる、カウンセリングやらチャネリングやらシャーマニズムやら、オカルティックで納得いかないエピソードの数々。そんなものに救いを求め納得してしまうほど、現代人は寂しいのか。そして文章もあまり上手じゃない。処女作だから仕方ないけど。ああ、でも、醒めていて知性的で孤独で、でも淫乱でセックスが素晴らしい女、というのは、やはりオトコのツボに(オンナのツボにも)ハマルものなのか。わたしだって願わくばそういう女に生まれたかったもんな。あ、スミマセン。公演終わって早々に不謹慎な日記で。まあ、でも田口ランディってそういうオンナなのかも、という妄想を刺激するところが売れる理由という気がするな。
 どーでもいいけど、わたしは宮台真司には興味ない。もちろん間違っているなんて思わないけど、あんなもの、ありきたりの見識であって新しい社会考察でもなんでもないと思う。優れたコピーライティング能力は買うけどさ。アレにやられちゃう若者が多いということは、それだけ温室化が進んでいるんだろうね。精神の。田口ランディにも同じようなことを感じたよ。そんな公演終了第一日目。なーんかささくれだってるよなあ。

1月20日 Sun

 長かった日々もついに打上げ。次の公演の予定も決めず玉砕の覚悟で挑んだ公演もついに終わり。今日からは小鳥(名前は琴ちゃん)も我が家にやってくる。この鳥はほんとうにストレスに強い鳥で、公演中も鳴くべき時に鳴き、静かにしなければならないところでは鳴かない、という卓抜した演技力を見せていた。マチネは苦手で、じっとしてたみたいだが、夜公演の彼女はまさに女優だったね。最後にこだわりの小道具について、一言。杉野忠道が読んでいた新聞は「昭和47年と昭和61年で差し替えられている」。一面のコピーを手に入れ、新聞紙状のものに拡大コピーし、日付を全て張り替えた力作なのだ。誰も気づいてくれなかったので小さく自己主張。
 来てくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。次回公演はまるきり決まっていません。春頃に小さな公演を行い、10月はただいま交渉中の特設会場にての公演になると思います。皆様ヨロシクお願いいたします。

1月19日 Sat

 今日も詩森のお客様は飲んで帰るような人々ではなかったので、燐光群の桐畑さんと松岡でチンマリ飲むことに。そしたら松岡の電話が鳴って、秋山さんが大杉さんと飲んでいるからおいでと言ってくれたので、鳥海亭に行く。大杉さんは加藤健一事務所で演出をやっていた方で、詩森はそのころの舞台をかなり見ている。ウェルメイド好きではないし、加藤健一さんもそれほど好きではないけれど、大杉さんの演出する舞台はとても好きだった。その大杉さんに開口一番「とても面白かった」と言っていただき、それはとても嬉しい出来事であった。今回、尊敬する作り手、同世代の作り手たちから「とてもよかった」と言葉を頂くことが多かった。劇場の出口で「どうでしたか?」とはけして聞かないことを身上とする私に、これほど直接的に言葉が届けられるのは実は珍しいことで、公演を行っていく上で、とても有り難く励みとなった。もちろんこの日記を読んでいる方の中にはつまらなかった、と思っている人もいると思うし、アンケートにだって「つまらない」「心に響かない」というものももちろんあった。私自身も時間をかけ、心を砕いた作品だけに、全て満足、とは、とてもではないが言えない。不満足なことと自分への憤りで、いっぱいとも言える。でも人々は「とてもよかった」「感動した」という言葉を言いたくて劇場に来るのだ。アラ探しをし、醜い言葉を投げつけたくて来るわけではないのだ。そのことを肝に銘じ、これからも演劇を行っていきたいものだよ。

1月18日 Fri

 今日は松岡デー。ネオゼネレイターの皆様と11月に客演したSTスポットプロデュースの面々。詩森は飲んでくれるようなお客様もいなかったので、淋しくて無理矢理そこに同席させてもらう。結局ジャンプ亭。面白いこと書けなくてゴメン。公演終わったら頑張るから許しておくれ。

1月17日 Thu

 今日は来てくれた指輪ホテルの安元、アジアンパームでのイベント企画で活躍中の梅林くんを巻き込み、秘密組織のアジトのような新雪園地下で「阿部さん(ク・ナウカ)を囲む会」。新雪園は安くて意外に美味しかった。それにしても、アジアンパームでのイベントについて、企画している当人がいるのに、「それは随分つまらなそうな企画だな」と切って捨てる阿部さん(ク・ナウカ)には困りものだ。拾い切れない。拾いきれないよ。でもわたしはアジアンパームでの企画はやってみたいので、公演終わったらやらせてね、とお願い。決まったらこのページでも告知致しますね。
 みんなが帰った後、新雪園の別テーブルで飲んでいた扉座の赤星さんやツマヅキノイシの宇鉄さんにご挨拶。その後、なぜかやってきた八着とラブリーヨーヨーの面々と10分だけ乾杯。走って終電。なんだかなあ。

1月16日 Wed

 今日はユニークポイントの山田さんとジャンプ亭。そのほか、青木タクヘイさん、荒木まやさん、今回オペレータの長柄さんの音響チームと中野ポケットの方々、などとジャンプ亭。ほかのお客様はそっちのけで山田さんと話こむ。今回の芝居の話、これからの話。アゴラのサミットについて。相変わらず飲み屋三昧の「ろば日記」。いや、芝居は一生懸命やっていますよ。もちろんね。

1月15日 Tue

 昼間は稽古。終演後はシンゴ、ニチタとともに、ジャンプ亭。忙しいのと疲れで記憶が飛びがちなので、こんな日記ばかりでスミマセン。6ステージやって、まだ目標の半分に動員が行っていない。ここから後半、がんばらなくては。みなさん、ぜひともいらしてくださませね。

1月14日 Mon

 今日も2ステージ。来てくれた野中さん、コウちゃん、ナナちゃんら紅王国メンバーとおくむらさん、西嶋くんと和民。今日の夜はここまででは一番の出来。でもあと薄皮一枚。足りないものはいったいなんだ。
そしてこんなタイミングでついうっかり、坂本龍一編集の「非戦」を買って読み始めてしまう。うかつだったよ。失敗したよ。でも止まらないよ。ああ、なぜ。

1月13日 Sun

 2ステージ。この芝居、昼見るような芝居じゃないし、2回やるような芝居でもない。精神力も体力も大変だよ。夜は来てくれた阿部さん、前橋さん、横山さん、ベースのよっちゃん他のソウル・プラスティックメンバー+大阪から来てくれた庄助さんと「シーザー」で沖縄料理。

1月12日 Sat

 昼は返し稽古。場面転換を中心に。そして本番。スズナリがほぼ満員に。でも明日からは、チケットが全然売れていないのだ。どうなる3連休。

1月11日 Fri

 仕込み2日目。4時には場あたり終了。7時からゲネ。ダメ出しして終了。

1月10日 Thu

 スズナリ集合。装置の福田さんが装置をやってくれるので、役者は運び終わるといきなりヒマに。時間通りに進み、7時から場あたり開始。1/3終了。

1月9日 Wed

 今日で稽古は終わり。早めに片付けを終え、8時には解散。明日からは小屋入り。さあ、いよいよ始まるぜ。

1月8日 Tue

 通し前の返し稽古で今回最大の怒り爆発。机をバンバン叩きながら怒鳴りまくる。取り返しのつかないことになったまま、食事タイムに突入する稽古場。休憩になったとたん、どこかへ失踪した役者が約一名。そんなことにはおかまいなく、いつものように自分に出たダメ出しについてしつこく聞きに来て、まとわりつく日比くん。「今、一生懸命気分転換しているんだから、ほっといてくれ」と言ったら、「僕で気分転換してもいいですよ」というので、サンドバック替わりにしてバシバシ殴る。稽古場に来た八着くんの車でレンタルの冷蔵庫を返しに行き、車中でゴキゲンな音楽を聴かせてもらい、ようやく平常心に。
 失踪した役者も戻ってきての通し稽古。いや出来は悪くないんだけどさ、やっぱり最後のピースははまらないのね。とは言え、今日の阿部さん(ク・ナウカ)はものすごく、最後の長ゼリフでは、シーンと水を打ったようになる稽古場。感動的ですらあったが、ダメ出しの時、「今日のあのシーン、いつもと全然違ったです。ズコかったですね」と言ったら、「今日は、頑張ったもん」と言うのは如何なものか。仕方ないので「やれるんだから毎日ちゃんとやって下さい」と言ってダメ出しを終える。帰ろうと思ったら、ダメ出しされた役者が「一回だけセリフを聞いてもらっっていいですか」と言うので、仕方なく「いいですよ」と言って付き合う。始まってしまうとそんなに簡単に帰れるわけもなく、居残り稽古。ま、それだけの価値はある居残り稽古だったが、それにしても。さあ、明日は最後の稽古場。最後のピースは果たしてハマルか。ああ命がけだよ。この芝居。以下、次号に続く。

1月7日 Mon

 芝居は最後のピースにして一番重要なピースを求めて彷徨中。辿り着け。 夜、稽古場最終日の件でフラジャイルの小里くんに電話したら、いい調子になってしまい、特に話したそうでもない小里くんにはお構いなしに長話。切り際に、「この2時間でたくさん傷ついたよ」と言われたが、私はいったい何を言ってしまったんだろうか?私だけすっかりリフレッシュしてご機嫌になり、ほんとうに申し訳ないことをしたよ。

1月6日 Sun

 思い出したくもないような酷い通しを見せられる。「こんな芝居では演出として責任をとれないのでダメ出しはありません」と言い捨て、帰宅。

1月5日 Sat

 どうしても持ち上がらないあるシーンを居残り稽古。私も役者も集中力の限界。そんな限界の中、よし、と思う稽古が出来ると、なにか芝居がすこしだけ、前進した気がする。粘れ。粘り続けろ。
 そーいえば、ぴあに記事が載っていた。この間のシアターガイドといい、なんだか、身に余る記事を書いていただき、驚く。慣れてないせいもあるけど、直裁な話、かなり「嬉しい」ものだ。もっと雑誌、載りたい。もっと注目、されたい。ほほほほ。もちろん、それが演劇の目的ではぜんぜんありませんけどね。

1月4日 Fri 

 昼間は阿部さん(ク・ナウカ)の抜き稽古。細かく、細かく詰めていく。詰めれば詰めるほど良くなるので、阿部さん(ク・ナウカ)との稽古は面白い。そして通し。通しは、ここまででは一番の出来。やっぱり昼間の返し稽古がいいと、いい通しになるんだよな。汚らしい稽古をして稽古場の空気が淀むと、もうその日は取り返しがつかない。今後、ダメな人の稽古は居残りか早出にしよう、と決意する詩森。そんなことすると大変なのは自分なんだけどさ。
 にわか一人暮らし最後の夜なので、誰かに電話でもしよう、と何人かに掛けてみるが話し中だったり留守だったりしたので、仕方なく寺田くんに掛けてみる。で、結局長話。これじゃ別にいつもと変わらないじゃん。まあ、でもなんとなく気も晴れ、就寝。

1月3日 Thu 

 殆ど眠らぬまま、会社に行って、事務仕事をしてから稽古場へ。夜、新本さん、松岡、ほりゆりちゃんだけを残しての集中稽古。新演出も含め、ぎっしりと稽古する。稽古場に熱がこもる。欲しいのはこの「熱」なんだけど、なんか、次の日には段取りだけが残っていたりするんだよなー。

1月2日 Wed 

 菅原さん(詩森夫)だけ岩手に帰省。今日から3日間、一人暮らし。
とはいえ、今日から稽古も再開なのだ。まあねえ。そりゃあねえ。やらなきゃね。稽古。そして、いきなり食事当番。お節の残りをリュックに詰めて稽古場へ。
 初日というのにミッシリ稽古。そして青木さんと寺田くんが来ての通し。うんうん。ちょっとはマシになってるんじゃない。そんなこんなで新年会。家に帰って寝ようと思ったら、演出のアイデアが次々と浮かび、全然眠れなくなってしまった。一晩中、謎めくアイデアに翻弄されながら、寝床でのたうち回る。朝方、軽く仮眠。よしっ。やるぜ。

1月1日 Tue 

 年が明けた。まだ体調は本調子じゃない。なんて冴えない年明けなんだ。一日中、テレビを見て過ごす。クイズミリオネアを見てたら、ドンキホーテに出てくるロシナンテは何という動物か、という問題があって、「ロバだよ。ロバにきまってんじゃん」とわめいていたら、あろうことか、ロシナンテは「やせ馬」であった。友達だと思っていたのに、違ってた。サンチョパンサが乗ってる名もない動物がそう言えば「ろば」だったよ、と、新年早々肩を落とす私。その他、ナイナイの岡村くんの劇団四季挑戦を見て驚いたり、新春恒例「筋肉番付」に熱中したりしている間に最後のオフも終わる。年賀状には結局手つかず。早くやらなきゃ。
 


Back
Home