ROBA DIARY
| 3月31日 Sun |
図書館に行くほかはどこにも出掛けず、3食全部家で作って食べる。そんな一年に一度あるかないかの日曜日。菅原さん(詩森夫)が借りてきたCUBEを最初のほうだけ一緒に見るが、つまらないので読書。で、ビデオ屋に返しに行くのについていったら、小さいビデオ屋の割に詩森の好みの映画が並んでた。今度、わたしも借りてみよう。そんなこんなで3月も終わり。 |
| 3月30日 Sat |
今日は菅原さん(詩森夫)の友人の知り合い、SWATのお芝居を見に本多劇場へ。初めて見たのだが、そして趣味じゃないだろうな、と見る前から思ってはいたのだが、地獄のようなつまらなさであった。この芝居に夫婦で8千円の出費は痛すぎるよ。見終わってグッタリ。 |
| 3月29日 Fri |
寺田くん、愛ちゃんとク・ナウカ「生きている小平次」。あの法政の学館ホールで3人芝居。どうなることやら、と思ったら、これが、ものすごく面白かった。ここ最近のク・ナウカの中でも傑作の部類ではないだろうか。美加理さんと阿部さんそして大高さん、雑音がないんだよなあ。力のある役者さんてスゴイ。 |
| 3月28日 Thu |
ワークショップ。のち新しい体制となるBSML新運営委員によるミーティング。倉迫氏がせっかく地図まで送ってくれたのに自分を過信しすぎて迷ってしまい、仕方なく家に電話して菅原さん(詩森夫)にメールをあけてもらいナビしてもらう。すると、なんでも琴ちゃんが今まで食べなかった青菜を、しかも手から直接食べたのだそうで、遅刻してものすごく急いでいるのに菅原さん(詩森夫)はその話に夢中でなかなか地図を見てくれない。「バジルをあげたら食べたんだよ」とものすごく嬉しそうだが、悪いけどこちらはそれどころではないのだ。菅原家は犬も猫も飼ったことがないそうで、初めて飼った動物が「鳥」しかも「文鳥」。夢中になるのも仕方ないが、時と場合だけは考えて欲しい詩森だ。 |
| 3月27日 Wed |
初めて天津丼を作った。定番と言われる料理はたいてい一度は作ったことがあるので、なかなか心躍る出来事である。天津丼は長年イメージだけで「難しいのではないか」と思い、ここまで作ったことはなかったのだが、実際作ってみると、実に簡単な料理であった。町の食堂で食べるものは甘酢が酸っぱすぎ、かつ甘すぎるのではないか、と日頃思っていたが、それが解消され、かなり美味であった。ところで最近詩森はナムルを手作りしている。これも難しくて複雑な食べ物だと勝手に思いこんでいて、作るという発想自体がなかったのだが、作ってみると拍子抜けするほど簡単である。もやしやほうれん草を茹で、塩、ごま油、これだけ。味が馴染むように手で和えるのがコツと言えばコツか。なので今日の夕食は天津丼とナムルであった。 |
| 3月26日 Tue |
家に帰ったら大量にDMが来ている。3月は義理のあるもの、ないもの、なんにも芝居に行かなかった。DMが来なかったから、というのもあるのだが、芝居見るのも疲れちゃってさ。でも4月はそうもいかない。ゼロの柩メンバー、阿部由輝子女王、家畜仲間の劇作家、そしてうちの松岡までもが芝居をやるのだ。行かねば。見たい映画もいっぱいある。行かねば。引きこもって本ばっかり読んでる場合ぢゃないワケだ。でも引きこもりにもそれなりの成果はあって、今日はちょっと「スッゲー」っていう小説に当たった。でも多分これは詩森の趣味にハマっただけなのでタイトルは内緒。ヒントもありません。霧雨降る日になんとも相応しい陰鬱な小説であったことだよ。 |
| 3月25日 Mon |
「女中たち」の演出プランを作る。演出プラン、演出プランねえ。そんなこんなでワークショップ。プランに即してやってみたのだが、意外やこれがイケル。いや、詩森の演出プランが、ではなくて、俳優ふたりの芝居が。このままいけばワークショップ公演も夢ではないかもしれない。帰り道では会場探しのプランを考えるその気になりやすい詩森。とゆーワケで、6月、ワークショップ公演、やりますわ。詳細決まり次第、ウェブにアップしますので、皆様、お見逃しなく。 |
| 3月24日 Sun |
自分でもちょっとどうかと思うほど一日寝て暮らす。眠っても眠っても眠い。その合間に、「逃げていく愛」という「朗読者」を書いたシュリンクの短編集と「仏像がわかる本」という本をなんとはなしに読了。「逃げていく愛」は主人公たちの圧倒的とも言える孤独癖に「これはドイツ人のメンタリティの特性なのか。それとも作者が特にヘンクツということか」といろいろ考える。その孤独癖は私自身のそれとも似ていて、何か鬱陶しい気分にもなるが、いい短編集ではあった。「トカゲと少女」という一枚の絵を巡る短編が特に印象に残った。かたや「仏像がわかる本」はほんとうに仏像がアッというまにわかるようになるすばらしい入門書。これまでブツ切れだった半端な知識が、一気に繋がり、ちょっとしたカタルシスまで味わえる。今まで仏像というと奈良、というかんじでいたが、鎌倉や東京にもいろいろ由緒ある仏像があるのを認識し、訪ねてみようと思う詩森だ。 |
| 3月23日 Sat |
菅原さん(詩森夫)の大学時代の友人たちの花見パーティーに同行。彼らはSF研究会の仲間である。会場となった家の奥さんの方は詩森の高校の同級生でもある。今回、新企画として課題図書付き花見という試みがなされていた。詩森も一応半分くらい読んで行ったのだが、これがどうにもこうにもつまらない作品で、この作品を推薦したIさんがその場にいた全員から「この作品はどこが面白いのか」と責められ、気の毒なことになっていた。 |
| 3月22日 Fri |
ワークショップ。 |
| 3月21日 Thu |
昼間は図書館に行き、また何冊かの本を借りだしてくる。最近は書庫から取ってきて貰ったり、品川の別な図書館から取り寄せて貰ったりと図書館「通」になりつつある詩森だ。図書館を利用するようになってから心なしか金銭的も余裕が出てきたような気がするのは、今までそれだけ本代が嵩んでいたということか。ああ素晴らしき哉図書館生活。 |
| 3月20日 Wed |
カーテンの続きを縫う。ミシンもあるのだが、出すのと下糸を作るのがメンドくさくて全部手縫い。このミシンを出すのは面倒だが、手縫いは苦にならないというのは、自分でも根拠がよくわからない。そんな風にして縫い続けようやく一窓分完成。あと、一窓分。2枚縫わなくては。 |
| 3月19日 Tue |
さて「琴ちゃん」だが、最近は外に出してもらうのがすっかり好きになった。朝など、入り口で待機してピーピー鳴いているほどである。また菅原さん(詩森夫)が留守がちの妻に愛想をつかし、近頃では琴ちゃんに惜しみない愛情をそそぎ込んでいる。出掛けるたび琴ちゃんのためのグッズを買ってきたり、琴ちゃんを放鳥したときに止まれるようにと即席の止まり木を部屋のあちこちに設置したりと、「鳥を飼う」と言ったときにあれほど反対したとはとても思えない溺愛ぶりである。 |
| 3月18日 Mon |
ワークショップ。今日は座学を中心としたので、すごくたくさんしゃべった。あんまりしゃべったので、終わったとき頭がクラクラしたほどだ。主に演出の歴史とその仕事について。また具体的なテキスト(女中たち)を用いて、演出がどのような方法で仕事を進めていくか、というような話。 |
| 3月17日 Sun |
椅子ひとつで家事へのモチベーションが当社比500%くらいアップしているので、今日は朝からオープンオムレツなんてものを焼いてみる。洗い物、ためない。コーヒーだって、頼まれもしないのに入れてしまう。今日見に行く予定だった「地獄の黙示録完全版」を来週に回してまで家にいる。そんなこんなで今日の夕食は豆ゴハンと春野菜の天ぷら。当然天ツユも手作り。カーテンを縫いつつ「F1」見ていたらついついハマリ夜更かし。ミハエル・シューマッハ、マシントラブルで最下位まで落ちたのに、いつのまにか3位に。スゲー。 |
| 3月16日 Sat |
食卓用の「新しい椅子」が到着した。空間が一気にいいカンジになる。なので今日は一日掃除。ついでに大井町や天王洲のインテリアショップに出掛け、細々したものを買って部屋を整える。カーテンなんかも縫いはじめる。なんでもウチの夫は詩森がインテリアに夢中になっている姿を見るとき「だけ」は、「ああ、女の子だなあ」と思うそうである。それ以外の時はいったいどう思っているのかについてはとても怖くて聞けなかった。せっかくリビングがステキになったので、今日の夕食はカフェ飯風に。でもさ、カフェ飯って言うけどさ、アレって、定食屋のメニューをちょっとアレンジしただけ、という気がするがどうか。フランスパンにカレーかけたりさ、で、ちょっとオムレツとかポーチドエッグ添えたりさ、で、クレソンとかルッコラね。ひじきだって切り干し大根だってココットに盛れば立派なカフェ飯。そんなワケで今日の詩森カフェ飯は豚肉の生姜焼き丼。生姜焼きは普通に酒、醤油、生姜、隠し味に味噌、それからちょっと砂糖。あとすりおろしたゴマ、そんなタレに漬けこんでおいた肉をフライパンで焼く。白い丼にゴハンを盛って、ルッコラが手に入らなかったので、京野菜の水菜をゴハンの上に敷きその上に焼いた肉をのせる。その上に薄くスライスした黄色のハプリカをチョコンとのせて、最後に柚子をパッと絞る。どーだ。カフェだ。カフェぢゃないとは、言わせないぜ。今日はそんな丼と、豆腐とバンバンジーのサラダ。誰がなんと言おうとカフェですってば。 |
| 3月15日 Fri |
ortの倉迫氏とreset-Nの夏井氏とBSMLの打ち合わせ。考えてみれば3年ほど前、このおふたかたとの関わりからいろんなことが始まったのだ。実際的な打合せは一瞬で終わり、今後のそれぞれの劇団の話やら現状の話やら。倉迫氏は精力的で、去年のNLCで立てた3ヶ年計画のライン通りに着々と劇団を動かしている。その実行力たるや。「攻めてかなくちゃね」と繰り返し言っていたが、なんだか詩森は「戦っている」という感じはするが「攻めてる」ってかんじはぜんぜんしない。つまり目の前に来る火の粉を振り払うのに必死ということか。まあでもいいや。今年は引き籠もりつつアグレッシブに戦う、ということで。夏井氏はちょっと憔悴気味。30歳を越えるくらいが演劇人がほんとうに辛いのは、体験的によく解る。でも越えるといいことがあるよ、ともとても言えない。才能のある人なんだから踏みとどまってほしい、と思うのは私だけではない筈だ。それにしても、フツーに生きていくだけで自我なんてものはカンタンに崩壊しそうな21世紀。ましてや「表現」しようだなんて、ゆるやかに自殺しているようなもんだよね。小劇場スゴロクに興味はないが、表現者として生き抜かなくてはなりませぬ。戦いますよ。 |
| 3月14日 Thu |
ワークショップ。今日からゼロの柩に出てくれたほりゆりちゃんとその劇団仲間であり、山田さんのワークショップに出ていたという西村さんが来る。どーでもいいがゆりちゃんがいるだけで、空間がやたらに豪華である。今日も歩いたり立ったりしている間にアッという間に時間が過ぎてしまった。でもたった3回根詰めてやっただけで、見違えるほど美しい歩き方になった。今まで公演の稽古と重なっていることもあり、ひとりひとりが抱える問題をクリアに指摘してなかったからできなかったワケだな。これなら来週くらいからもうちょっと高度なことが出来るかもしれない。 |
| 3月13日 Wed |
久しぶりに美容院に行った。今日のrythmは空いていて、とても丁寧に髪を整えてもらった。担当のナカジマさんは髪を切るのはとても好きだが、接客はあまり好きではないそうである。なので最初のうちはいろいろ話をしたが、最近は殆ど言葉を交わさず黙々と髪を切っている。話したのは最近買った椅子の話と京都の話。あまり話さないのに雑誌をくれなかったので、わたしはずっとナカジマさんが髪を切る指先やらロッドを巻く手つきを見て過ごすハメに。そしていつものことなんだけど、人がお金を払っている間とかも、後ろから髪をさわったりしている。油断すると外まで見送ってきた時にも髪を触っている。冷静に考えるとけっこう怪しい行動だ。 |
| 3月12日 Tue |
ワークショップで使うテキストをさんざん考えた末、ジュネの「女中たち」にする。利賀のテキストを読んでいて、こんなの出来るのかな、と心配になったので、詩森のテキストを使うのはやめて、女優ばかりでできるこのテキストを選んでみたワケだ。さわりの部分を渡して軽く読み合わせ。けっこう頭を抱えるシロモノ。解釈とか演出とかの問題以前に一体全体芝居の体をなす日はくるのかと不安になる。まあ、でもやりますよ。やらなくてはね。ああ。俳優教育。それにしても。 |
| 3月11日 Mon |
9月11日以降、新作を書いていない。準備していたプロットも書きたかった題材も全部破棄してしまった。そのことについてずっと考えていたのだけど、それは当然のことだ、と今日気付いた。あの日に起こったこと、そこから続いていることは、私の何かを大きく損ね、それはきっと取り返しのつかない類のことなのだ。だとしたら、新しいものを書くためにそれなりの時間と思考を必要とするのは、しごく当たり前のことではないだろうか。もちろん、テロについてとか宗教についてとか戦争についての新作を書くわけではない。見た目には何の影響もないものになるかもしれない。けれど私にとっては細胞を入れ替えるような作業を必要とするものなのだろう。そこまで考えて、不意に、「私はすごく悲しかったんだ」、と思った。それは義憤とか同情とかとは無縁の、ごく個人的な体験として。無責任に悲しんではいけない、という思うが故に規制がかかり、どこか体の深い深い場所でせき止められていたのだ。そして、テレビをつけると、今日は丁度その日から半年たっていたのだ。半年。長いとも思え、短いとも思える、という常套句は書きたくない。アッというまだった。一瞬と言ってもいい。書くだろう、と思った。書くべきなのだと思った。損なわれたこの場所から。どうしたって書くんだと、今日、そう思った。 |
| 3月10日 Sun |
自転車に乗って中目黒、代官山散策。なんでそんな似合わぬところに出掛けたかと言うと、食卓用の椅子を探しに行ったのだ。現在使っている椅子は高さが合わないのか、食事している間中不愉快でかなわない。そして、詩森は自他共に認めるインテリア好き。せっかく椅子を買うのならユーズド家具の宝庫であるあの辺りに行ってみたい、ということで、出掛けたワケだ。それにしてもさ、椅子って高いのな。ビックリだよ。一脚4万とか5万とかするのもザラね。さんざん探して、結局一軒目のお店に舞い戻り、車のシートを作っている会社のデッドストック物だというスタックキングチェアをゲット。値段もリーズナブルで座り心地も抜群。私たちが買った一分後くらいに買おうとしたカップルがいて、売り切れと聞いてショックを受けていた。わたしの人生は通常だいたい立場が逆なことが多いので、意味もなく恐縮してしまう。小市民の休日である。 |
| 3月9日 Sat |
赤字補填のためのフリーマーケット。天気は快晴。そんなに素晴らしい商品があったというワケでもないのだが、午前中のうちに完売と言っていいほど売れ続け、フリマ史上最高の売上をマーク。4時にフリマを終え、久しぶりに春の洋服など見に行く。この春はヒッピー風のファッションが流行っており、日頃ヒッピーっぽい格好をしていることが多い詩森としては、そんなものが流行ったらお金がいくらあっても足りないよ、と思っていたら、なんか悪趣味な服ばかりで気に入らない。しかもどこの店に行っても同じ服を売っているのは何故だ?というワケで何も買わぬまま帰宅。この春はフリマの売れ残りから貰ってきた服で暮らすことに決める。それは、とどのつまり、いつも通りってコトか。 |
| 3月8日 Fri |
深夜、家畜仲間でもある某男性劇作家と長電話。何か失礼なことも言われた気がするが、粛々として進まぬ脚本を執筆中の彼のことを思いやり、毒舌は控えめにして堪え忍ぶオトナなワタクシ。その後、深夜にも関わらず鳥を放鳥していたことを菅原さん(詩森夫)に見咎められ、電話を切った後、延々と説教される。オトナなのに。トホホ。 |
| 3月7日 Thu |
ワークショップがはじまった。俳優の仕事について、演出の仕事について、そして俳優と演出家のあるべき関係について、テキストについて、テキストと俳優のあるべき関係について、考え続けましょう、と挨拶。自分に言い聞かせているみたい。まあ実際そうなんだけどさ。でもさ、スタンダードがなさすぎるよ。なら自分で考えるしか、ないじゃん。 |
| 3月6日 Wed |
向田邦子対談集読了。上等な女というのはいるものだ。 |
| 3月5日 Tue |
掲示板で指摘があったので書いてしまうが、オススメの政治学者の本とはカレル・ヴァン・ウォルフレンの「日本という国をあなたのものにするために」という本である。これは数多ある外国人から見た日本への提言書のひとつではあるのだけれど、論旨が明快で、客観性と示唆姓に満ちていて素晴らしい。タイトルはほんとうにどうかと思うが、政治論であると同時にすぐれた日本人論であり、組織論であり、演劇ともけして無縁ではない。日本人は日本人のダメなところを指摘されるのが大好きで、「ここがヘンだよ日本人」という詩森にとっては一瞬チャンネルが合っただけで寒気がするほど大嫌いな番組もあるくらいだが、そういう日本人ダメダメ論とは一線を画した名著。必読。 |
| 3月4日 Mon |
実は寺田くんが入院していたのでお見舞いに行こうと予定していたら退院しましたとメールが来た。なんでも手術が思ったよりうまくいき、痛みもなかったのでヒマで仕方なく、「病の記憶」へのダメ出しを病院で書いていたのだそうだ。「送ってもいいけど、文章だとキツすぎるから今度口頭で言う」とのこと。あげくの果てに「あんたの芝居を続けて読んだら思った以上に食べ物ばっかり出てくんのな」と言われる。ああ、そう言えばそうだな。そうだけどさ。それにしてもキツすぎるダメ出しとはいったい。 |
| 3月3日 Sun |
一日、アゴラ劇場。reset-Nの「黎明」と田野さんという方が演出した英語バージョン「Down−rei-mei」を見る。「Down」は思っていたよりずっと戯曲に忠実なものだったし、どこかしら学生のような風情の俳優たちで演じられていた。しかし、あたりまえのように身体と対話はきちんとあり、かの国の俳優というものの層の厚さを思い、自国の演劇状況との差異について考えざる得なかった。 |
| 3月2日 Sat |
風琴工房のオーディション。結果についてはまた後日。風琴工房らしいヘンテコなオーディションになってしまったが、いい出会いはあった。出会いがあったということが、何か人生というものの残酷さそのもののようで怖ろしい。「私」、という存在が入れ替えがきかないのは「私」にとってだけなのだ、というような、まあごく当たり前のこと。1月の公演が終わってからずっと、厭世的な気分が抜けなかったし、それは現在も続いてはいるのだけれど、その気分に押し流されても自分がただ不在になるだけだ、というようなことを思った。 |
| 3月1日 Fri |
品川である人に会っていろいろ話。他人の人生に対しては、当然のことながら自分の人生に対して以上に無力だ。 |