ろばくん

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7月8月9月

9月の日記

9月30日(木)
そうこうしているうちに9月も終わりだ。来月から日記をリニューアルする予定。 ちょっと読みやすく、そして、かっこいいデザインにするぜ。2000年の風琴工房もそろそろ作らなくてはなりませんね。ああ、仕事がぜんぜんっ終わらない。助けてくれー。

9月29日(水)
在宅内職の仕事がもらえたので大喜びしていたら、今日原稿が送られてきて、その分量に唖然。まじ間にあわないっす。どーしよ。涙。夏芽から2月公演の企画書下さい、と電話。劇団のため奔走してくれている夏芽に対し、き、きかくしょったってまだ何にも・・・とは言えず、「わかりました」となるべく動揺を見せずに電話を切る。トホホ。

9月27日(木)
reset-nの夏井さんと制作の萩原さんとお会いして、制作のお手伝いをすることに。制作のお手伝い、というだけで顔がほころぶ異常体質の詩森である。家畜の名に恥じないように頑張って働こうと思う。

9月26日(日)
盛楼閣で冷麺を食べてから新幹線に乗ろうとしたら、すっごい混んでいた。連休の最終日を甘く見過ぎていたことだよ。30分待ちで次の新幹線に乗り、無事帰京。車中は小川洋子、という作家の「ひそやかな結晶」という小説を読んで過ごす。純文学というジャンルに入るのだと思うけど、これはちょっとブラッドベリ風の幻想小説でもあって、アイデアはそんなに目新しくないけれど精密な織物みたいな華奢な文章とあいまって、たいへん面白かったことだよ。

9月24日(金)
駅前に喫茶店ひとつないひなびた海沿いの町に、なぜかぽつんと「海の博物館」、という立派な建物が建っている。ヒマツブシにと詩森、菅原さん(詩森夫)、そして菅原母(詩森姑)で行ってみた。これが予想をはるかに超えて面白い場所であった。なんたって、マッコウクジラの実物大の骨があるのだ。実は詩森、知る人ぞ知る無類の骨好きなのである。骨、というものは実に様々なことを指し示している。例えばマッコウクジラの骨を見ればクジラが私たちと同じ哺乳類だということが、実感として解る。鰭に見える部分はきちんとした指の形状をしているし、肋骨のつき方なんかも魚類のそれとは全然違う。しかしながらそんな学術的なことをすっとばしてもとにかく骨が好きな詩森である。「骨格標本が出来るまで」のビデオを食い入るように見詰め、骨の部分標本を説明書きと照合しつつ撫でさすり(そう、ここでは「手を触れないで」の無粋な但し書きは殆ど存在しないのだ)、恍惚として骨と戯れた。そんな嫁の姿にいったい姑はなにを思ったのであろうか。気の毒なことをしてしまったが、あの素晴らしい形状を前にして溢れ出るパッションは、嫁をして押しとどめられるものではなかったと断言しておきたい。その他にもミンククジラの胎児のホルマリン漬けとか潜水服の実物とか、詩森のツボをぎゅうぎゅうに押すものに溢れた博物館であった。銅版画風の図説も素晴らしい。季節はずれで貸切り状態の620円。オトクである。

9月23日(木)
夏に帰省できなかったので、連休を利用して菅原さん(詩森夫)の実家に遊びに行くことになった。なんでも朝一の新幹線に乗ると往復の新幹線が半額近くまで割引になるそうで、無謀にもそれを利用しての帰省を計画する。結果から言うと、とどのつまり、この計画はやはり無謀であった。6時の新幹線に乗らねばならないと言うのに目が覚めたのは5時半。どう考えても間に合わない。そして間に合わないとなると往路分のチケットはただの紙屑クズとなってしまうのだ。こうなったら6時20分の仙台行き(仙台以降の特急料金を払わなくてはいけないけれどこれも早割適用電車)になんとしても乗らなくてはと滞空時間2分ほどで家を飛び出すふたり。責任を擦り付け合う醜い争いを繰り広げつつ東京駅へと向かう。間一髪で滑り込みセーフを果たした。その後、新花巻に着くと「台風の影響で遠野からはバスによる代替運行になります」という信じられないような張り紙などあり、なんだか超サバイバルなありさまとなってしまった。まあ自分のせいとは言えかように大変だった帰省なのだけれど、35キロ減速運転の列車の窓から見る故郷の秋は美しかった。ススキの野、揺れる萩の花、秋桜。草生す雨の北上山地。故郷が美しいことは私の手柄ではないにせよ、胸にしみいる秋景色であった。

9月20日(月)
昨日の夜は「HANA−BI」をビデオで見る。とっても期待していたんだけど、いまひとつノレなかった詩森と菅原さん(詩森夫)である。そして今日はついに重い腰をあげ職安に職さがしに行ってみた。やりたい仕事はどうやら資格がいるらしい。でもどうしてもその仕事がやりたかったので、職員に「これは資格がないと絶対に駄目ですか?」と訊ねると、「駄目です」とニベもない返事が返ってきた。仕方ないので書店に行って、その資格の取り方など調べ、帰宅。食事を作りながら昨日「HANA−BI」のついでにビデオ屋で借りてきた(借りるなそんなものを)「愛していると言ってくれ」最終回など見る。まるで期待してなかったんだけど、豊川悦史があまりにカッコよくてのけぞった。そのフェロモンにやられ、ビデオのみ収録されたというテレビ未公開カットまで熱心に見てしまう。そんな詩森の自慢は豊川悦史の3○○でのデビューを見ていることである。彼はイルカに乗る少年の役で、ジャッキみたいなのでガーッとせりあがる姿がとてつもなくマヌケだったことを覚えている。内容は殆ど覚えていないが、ラストがイルカに乗った少年で終わる芝居とはいったい・・・15年の歳月を経て、渡辺えり子の底力について改めて思い知った気がした。

9月18日(土)
今日は初見のH・Rカオスの公演を見にナツメとその彼女で「かめあり」リリオホールに。現地集合だったのだが、何かと遅刻しがちな詩森はものすごく早めに家を出て、会場に向かう。しかし、それなのに詩森は遅刻した。信じられない不幸に次々と見舞われたからだ。まず、久し振りにお洒落(なんのことはないスカートを着ただけなのだが)したので、自転車ではなくバスに乗ったのが悲劇その一であった。通常、うちの前から出るバスは全て大森駅を経由する。品川行きも大井町行きも大森循環も全てそうだ。ところが詩森は全然知らなかったのだけれど、日に5本程、大森に行かないバスというのが通過するらしい。詩森はあろうことかそれに乗ってしまったのだ。突然覚えのない角を曲がり見知らぬ町へと走っていくバス。もう、パニック状態の詩森。泣きながらバスを降り、タクシーで大森へと向かう。駅に着き、切符を買い、一路、亀戸へと向かう。これが悲劇その二。前記の通り今日の会場は「かめあり」りリオホールである。しかし、詩森が向ったのは、亀戸。当然そこには「かめあり」リリオホールはない。そのことに気付いたのはくしくも亀戸の駅前であった。いくら探しても目指すホールがないため、のろのろとチラシを取り出す詩森。常磐線・・・。しかし詩森がいるのはどう考えても総武線亀戸の駅である。この時開演30分前。おーまいがー。再び泣きながら車上の人となり、亀有に向かう。公園前に交番のある亀有。両さんのいる亀有。それはいったいどこなんだ。そして、どうでもいいけど、メンド臭いね。亀有に行くっていうのはさあ。日暮里でも北千住でも乗り換えのため、上に行ったり下に行ったり大騒動のあげく、ようやく亀有に到着したのは3時5分であった。まわりの観客をなぎ倒しつつ、席に着く。舞台上ではかっちょいいクールなダンスが繰り広げられている。ああ、今日の、この公演にいちばん相応しくない客、それは間違いなく詩森であったことだろう。肝心の公演だが、視覚的にもとても美しく、技量も優れたダンスカンパニーであったように思う。噂の白河直子はもしゃもしゃの金髪とマブタの上真っ青のメイクが往年のジョルジュドンを思わせる驚異のダンステクニックのライオン丸であった。まさにコンテンポラリー宝塚。 いろんな意味で堪能したことだよ。

9月17日(金)
毎日、アイスを食べている。「生タイプチョコレート」というチョコレート味の棒アイスにドロッとした練乳のようなクリームが入っているという体重にも肌にもまるでよろしくないシロモノである。稽古中にコレにハマって、以来見付ける度に購入して食べていたが、ついにうちの近所のコンビニにも常備されるようになってしまったのだ。これを毎日食べるために、コーヒーはブラック、甘いものは(アイス以外)食べない、という涙ぐましい努力をしているが、そんなことよりアイスを食べるのをやめることが先決であることは火を見るよりも明らかである。でもまるでダメだ。今日も吸い寄せられるようにコンビニに行き、家につくのももどかしく食べてしまった。ところで、ペプシでやっているスターウォーズのボトルキャップにつられて我が家でもペプシを購入してみた。「なんでもいいけどジャージャーはやだなあ」と散々選んで家で開けてみると、寿老人に良く似た名も無いキャラクターであった。「こんなことならまだジャージャーの方が・・・」と肩を落とす私。しかしこの上ペプシにハマっては体重は壊滅状況間違いなく、それを戒める意味で神様がこの寿老人を遣わしたに違いない。それにしても、誰なんだ。この寿老人は。謎は深まる週末の夜であった。

9月15日(水)
ここのところ旅行にハマっている詩森であるが、突然ペルーに行こうと固く決意をして、「地球の歩き方−ペルー編−」を購入した。ヒマなものだから、隅から隅まで熟読し、今やちょっとしたペルー通になってしまった。いやちょっとした、というより相当な、と言った方が事実に近い。とにかくこういったことに関する無駄な記憶力だけは人並み外れている詩森である。でも思っていたよりペルーはずっと観光主体の国であった。治安は悪そうだが、去年行ったプラハも相当治安は悪かったから、きっとなんとかなるに違いない。でも地球の裏側に行くのはやっぱり心踊る出来事ではある。しかし、菅原さん(詩森夫)からはこんどの旅行代金は自分で働いて出すようにと申し渡されてしまった。まあ、当然といえば当然だが・・・。そんなことには全然めげずに、巻末のスペイン語とケチュア語に情熱を燃やす。あーあ、働かなくっちゃなあ。

9月12日(日)
観たぜ。アイズ・ワイド・シャット。賛否両論あるようですが、詩森はもう最初から最後まで釘付け。最後は滂沱の涙まで。普通泣くか?絶対泣かない。アイズ・ワイド・シャットで号泣した女。それは私です。目茶苦茶悪趣味、だけど至上のロマンティック。トム・クルーズの馬鹿面までしっかりきっかり巻き込んだ、これは映画史に残る犯罪です。詳しくはコラムを待て。

9月11日(土)
遅い夏休みで遊びまくってやる、というワケで、久し振りでバスと電車に乗って外出してみた。まずは三軒茶屋。シアタートラムでやってる燐光群のトーキョー裁判に渋る菅原さん(詩森夫)を連れて乗り込んだ。これがまさに乗り込むという表現がピッタリのお芝居。巨大な船底の装置に乗船券を持たされて乗り込んで、そこで行われる裁判劇に陪審員として参加するという趣向であった。これ絶対、採算無視だよなあ、と唖然としつつの2時間50分。その後は菅原さん(詩森夫)の強い希望で渋谷に「スターウォーズ エピソード1」を見に行く。これはもうスターウォーズ以外のなにものでもないシロモノであった。評判があんまり良くないみたいだけど、なんといってもスターウォーズなんだからこれで充分なんじゃないかと私は思う。みんな何を求めているんだ。スターウォーズに。個人的には都市デザインがとても綺麗でウットリだった。そして近頃オキニイリの代々木の上海ヌードルでむさぼるように食べて大満足で帰宅。明日は「アイズ ワイド シャット」に行く予定。

9月10日(金)
いつものことだが、まるきり現実に戻れないまま3日が過ぎた。もう他の役者さんたちは働いているんだろうなあ・・・と思いつつ、荷物の片づけすら殆ど終わっていない始末。でも詩森も来週面接に行く(予定)である。ああ、労働。大嫌いだ。そんなものは。でも次もその次も公演が決っているし、働かないワケにはなあ、と月収10万円という低い目標を掲げ就職情報誌を捲る今日の詩森である。

9月7日(火)
いよいよ千秋楽。今日も大入満員で、おかげさまで全ステージトータルで風琴工房始まって以来の動員を記録しました。夏芽がさながらモンスターのようにお客さんを呼んだ、というのも大きいけれども劇団のなりふり構わぬ制作体制が実を結んだ結果と嬉しく思います。ここだけの話、「最後の素足」の二倍以上の人に来てもらったのです。

詩森にとっても境くんにとってもいちばん好きな詩森作品である「月の熱帯」の再演は、それだけにプレッシャーの大きいものでした。けれどキャスト・スタッフともいいメンバーに恵まれ、愛着ある初演以上に大切な作品となりました。8年という歳月がこの作品にとってはいい方に作用したのではないか、と思っています。30を超えたメンバーが多く、親も自分ももう若いとは言えない今だからこそ、なしえたこともあるように思います。けれど、30を少し超えた位では、この作品にとってはまだまだ若すぎるとも言えるのです。いつかもう少し私たちが年をとって、もう少し老人に近づいた時に、またぜひ再演したい作品です。「年老いることは悪いことではない」と10年後の私はまた言うことができるのでしょうか。そうありたいと願いつつ、その日、また劇場で再会致しましょう。来て下さってほんとうにありがとうごさいました。

9月6日(月)
今日はびっくりするような大入満員であった。なんと126名。定員129名の劇場で、客席を20席くらいはつぶしているので、この人数を入れるというのはまさにすし詰め状態であった。おまけに慣れていないので、さっぱり要領を得ない客入れで、途中ザブトンが足りなくなり、お客様にザブトンリレーまでしてもらうことに。しかもついにこの日が来てしまったというかんじで、あの小劇場ならではの風物詩、「ヨイショ」をしなければならないことになってしまった。客で行った時ですら、あの「ヨイショ」を聞くと恥ずかしさに身をよじってしまう詩森である。それを自分がやるハメになるとは。正直言って恥ずかしさで消え入りたいほどであった。その上、後で時雨役の千恵ちゃんにあんなヨイショではお客さんは動けませんよ、とダメ出しされる始末である。それでも、やはりなんといっても大入満員は嬉しいものでありました。来て下さった皆さんほんとうにありがとうございました。

9月5日(日)
公演も半分終了。ところで風琴工房では日曜で終わらない公演は初めてである。そのせいなのかもしれないが、日曜のソワレは詩森ははっきり言って「役たたず」であった。受付のあたりをフワフワ漂っていて「受付を済ませたお客様を劇場に誘導する」という超カンタンな仕事もこなせずに、受付リーダーの面影さんにたくさん叱られる始末だ。きっと「座長モード」が切れ掛かっているに違いない。ヤバイ。座長モードが切れた詩森なんて、とどのつまりは、ただのつまらない「ろば」にすぎない。楽屋の鏡をフト覗くと心なしか顔も緩んでいるように見える。座長モードの時だって威厳のなさでは人後に落ちない詩森である。ましてやスイッチをオフにしてしまったら、ぶっちゃけた話、これは劇団創設以来のピンチだ。おそるべし平日千秋楽。負けない。負けないわ。ザムザ阿佐ヶ谷のビルの頭上に輝く黄金の風車を見詰め、決意を新たにする、気分はドンキホーテの今日の詩森であった。

9月3日(金)
以下次号は割愛して、なんとか仕掛けも完成し、今日が初日である。芝居はまあ、初日、というかんじであったが、これといったハプニングもなく無事終了。とはいえ、制作を兼ねている詩森はもうお客さんが来ているというのにゲネで汚れた役者の衣装を持ってコインランドリーに走ったり、今回から始めた予約制の確認作業で、おおわらわ。ああ、ほんとに疲れたよ。おかげでクーラーの調節に失敗し、ものすごく暑い客席だった。今日来て下さった皆さん、ほんとうにスミマセンでした。そして、ありがとうございました。

9月1日(水)
仕込み一日目。のっけから大ハプニング発生。吊る予定であったとある仕掛けが照明の小境さんの「そんなところに吊られたら、照明が吊れない」の身も蓋もない一言でボツに。しかし、この仕掛け、ストーリーの都合上けっして割愛は出来ないので、舞台監督の伊藤くんはいきなり窮地に立つハメに。「大丈夫?」と聞くとなんとかします、と答えるものの、機能が停止しているのが手にとるように分かる。そうしているうちにも信じられない速度で照明が吊られ、埋まっていく天井はすでに「見えない」と言っても過言ではない状況になっている。どうする伊藤くん。がんばれ伊藤くん。そして仕掛けの運命は・・・。以下次号に続く。

7月8月9月

8月の日記

8月29日(日)
ついに終電を逃してしまった。あと10分ででなきゃなー、と飲んでいたら、いつのまにか20分たっていたのだ。酔っ払いの面々は仕方がないとして、なぜアルコールを一滴も飲んでいない詩森までがあのように理性を喪失するのか、まさに魔窟下北沢庄屋西口店。同じように終電を逃した人々と音楽家寺田くんの家に泊めてもらうことになった。こんな時のため、詩森のリュックには常に2日分くらいの着替えが入っている。でも人のウチに泊まると結局寝ない。朝まで騒ぎ、仮眠をとって小道具の買物に。そしてそのまま稽古。こうして本番前は朝も昼も夜もない生活になっていくのだ。なのに、今日も照明家小境さんが来たので飲むハメに。「今日も泊まればいいじゃん」という寺田くんの悪魔のささやきを振り切り終電で帰る。帰り際ふと振り向くと、小境さんが寺田くんを「もう一杯行きましょうか?」というアノ口にオチョコを持っていく伝統的アクションで誘っていた。ああ、サバイバルな稽古の日々である。

8月27日(金)
今回の芝居の特徴としては「手が染まる」ということがあげられる。なんのことやら意味が解らないかもしけないが、とにかく「手が染まる」んである。ちなみに今日は衣装を染めたので、手はペールグリーンに染まっている。あとから説明書をちゃんと読んだら、ゴム手袋をするように、と書いてあった。遅いっちゅーの。それもこれもマニュアルぎらいの私がいけないんだけどさ。初の絞り染め体験だったが、意外に上手く染めれて御満悦だ。丸くなる筈のところが四角く絞れたりしていたが、味わい、味わい。そして、当日パンフ作りでも散々手を染めた。なぜ当日パンフで手を染めたのかは、当日までのお楽しみ、ということで。こうして手を極彩色に染め抜きながら芝居の日々は過ぎていくものなのです。(それは私だけか・・・)ちなみに木焼きはバーナーの調達と好天候による木の乾燥によって、先週末無事終了した。ガッツと根性の風琴工房だけど、今回ばかりは駄目かと思ったので、心からホッとしたことだよ。シンプルだけど綺麗な装置になると思うので、皆さん、そちらもお楽しみに。

8月25日(水)
そろそろ日記なんて書いてるヒマもなくなりそうだ。いやマジで。今日はスタッフさん一同に会しての通し稽古。いつものことだが、照明の小境さんが来るとなぜかスミッコに追いやられ、まるで稽古見学に来た人みたいになってしまう詩森である。そして今日の通しは、過渡期ってかんじのものだった。この芝居、あとひと化けするつもりらしい。さて、どうなることやら。そして当然のように飲み会。あんなに何度も「今日は帰りますよ」と言っていた舞監の伊藤さんはあっけなく終電を逃していた。小境さんも当然のように終電を逃していた。稽古見学に来てくれたK氏も終電を逃していた。せっかく曲を作ってきたのに、また直しが出て、ちっとも仕事が減らない音楽家寺田くんは空ろな瞳をして虚空を見詰めていた。そして、詩森は自転車通勤のことをみんなに「スゴイスゴイ」ともちあげてもらいゴキゲンだった。それぞれの思いが交錯する下北沢庄屋の夜であった。

8月24日(火)
最後のオフだけど、挟み込みへ。どうでもいいけど、「すいません劇場」のタイトルは 「めいそう教室」というのだった。ますます気になるぜ。

8月22日(日)
役者たちは例の「木焼き」であるが、詩森は挟み込みへ。細かいのが3件あるので、一日中キャリーを持って、あっちへウロウロ、こっちへウロウロしていた。挟み込みといえば、先日花園神社の椿組、という劇団の挟み込みに行った時、隣の劇団の人があまりに不器用に挟み込んでいるので気の毒になり、手伝ったのだが、その人たち、「スミマセン、スミマセン」と必要以上に平身低頭で、手伝う分をもらうたびにしょぼしょぼと「スミマセン」を泣きそうになって繰り返していた。フト手元のチラシを見ると、そこにはタイトルと「すいません劇場」という劇団名が書かれていた。あのスミマセンは劇団名を刷り込むための陰謀だったのか、それとも謝り続ける人生が劇団名となって体言されたのか、いずれにせよ、すごいインパクトだ。その人たちは最後まで「スミマセン。終わりました」「スミマセン。ありがとうございました。」「スミマセン。お先に失礼します」と繰り返していた。芝居もやっぱり「スミマセン」という芝居なのだろうか。そんな彼等の次回作、タイトルは失念したが、「心の病」についての芝居なのだそうだ。「ちょっと見てみたい」と好奇心が刺激される。もしかしたら見に行ってしまうかもしれない。そんな詩森のため「すいません劇場」についてなにか情報のある方はどうぞご一報下さいませ。

8月20日(金)
今日は初通し、ということで稽古場は集合時より興奮のルツボであった。肉練も終了し、さあ、通し、というその時になって、突然、数人のオバサマたちがやってきて、今日は地区の総会で使うという。絶対そんなことはありえないんだけど、絶対、今日はとっているという。そんな馬鹿な。区の施設がコンピュータ管理になって以来、時折このようなブッキングミスが起こる。普通であればなにがあっても譲らないのだが、なにせ鍵を管理している団体なので揉め事もまずい、というワケでしぶしぶ空いていた小さな小さな部屋に移動する。当然「こんなとこじゃ通しはできない」というかんじであるが、口惜しいし、今日通しが出来ないというのは、致命的なスケジュールずれになるのでものすごく無理矢理に決行する。まあ、小さい故にダメだったことと、小さい故に意外に上手くいったこと、悲喜こもごもの通しであったが、なんとかかんとか最後まで通す。まだ大曲がたくさん残っているのに、2曲の書き直しを要求された音楽家寺田くんの悲しみをよそに初通しの余韻に大ハシャギで飲んだくれる今宵の風琴工房であった。

8月17日(火)
鉄人詩森のその後であるが、下北沢チャリンコ通勤は続いている。目標の45分はなかなか難しいが、コンスタントに片道50分で辿り着けるようになった。しかしながら期待したダイエット効果はこれといって得られず、このまま脂肪が筋肉になっていくのかと少しだけ恐ろしい詩森である。装置・衣装・小道具・制作・そして稽古。まさに目の回るような忙しさだ。仕事の選り好みをしている場合ではないが、今の詩森の旬は「衣装」である。女の子の衣装は小関嬢(ぴりんちゃん)が縫ってくれるのだが、多少は買うものも出てくる。つい先日も大塚さん用にととんでもなく可愛い帽子を衝動買いしてしまった。こんなものは予算からは出ないので、当然、自腹である。「遠い球体」を見たお客様は、目茶苦茶かあいいアップリケ付きの真赤なフェルトの帽子をかぶった哲郎さんを想像してどーぞ、当日まで楽しみにしていてくださいね。

8月15日(日)
今日はタタキ。タタキというのは演劇用語で装置を作ることである。今回は床を作るだけだから楽勝だ、と思っていたら、凝り性の舞台監督、伊藤さんの提案で床材に大変な細工をすることに。床材をオイルステインというので塗るだけのつもりだったが、より古びた感じを出すために焼くのだという。これが思っていたのより更に大変で、夏芽とふたり4時間以上焼き続けてようやく7枚分が完成。しかし、作るべき枚数は74枚であり、これでは1割にも満たない。先々の作業を考え暗澹たる気持ちになる私たちであった。いったい本番までに板は全て焼ききれるのか?はっきり言って自信などない。バーナーを調達する、という伊藤さんの言葉を信じて待つより他ない今日の風琴工房であった。

8月14日(土)
昨日の大雨であおりを食ったのはなにも我々だけではなかった。そう、例の旅回りテント芝居の魚人帝国である。今日が初日だったのだが、私が5時過ぎに劇場に到着した時には、まだ、おおわらわでタタキの続きをやっていた。10分押しくらいでようやく始まったが、さしもの野獣の群れも多少のテンション落ちは否めず、それは少し残念だった。きっと明日からはまたあの野蛮な芝居を見せてくれるに違いない。先着9名迄は入場時にアッと驚く仕掛けもついている。ぜひ皆さんいらして下さいねえ。

8月13日(金)
稽古も随分大詰めに。ところで今回初の試みとして劇場物販というのをやろうということになった。具体的にはTシャツと上演台本を売ろうというのである。別にこれで儲けようというのではないのだけれど、まあ、なんでもやれることはやってみたい今回の風琴工房なのである。というわけで今日はTシャツの作業日であった。春野きららのダンナの作業場にTシャツ製造する機械があると知った私たちはさっそくお願いし、そこで作業させてもらうことにした。ところが稽古が終わって春野家に向かう道すがら、我々を襲ったのは、信じ難いほどの猛雨であった。もう殆ど泳いでいるかんじである。なので、春野家に到着してなにより最初にやったのは「風呂に入ること」であった。そんなこんなで波乱含みのはじまりだったが、苦労したかいあってカワイイTシャツが完成した。このTシャツ、1300円にて販売予定なので、皆さんよかったら買って下さいませ。

8月9日(月)
舞台監督の伊藤さんと劇場下見に。多摩美でアブラ専攻だったという彼はダリが好き、というところが詩森と気が合うらしく、舞台装置の件で盛上がるだけ盛上がる。シンプルなんだけど、オブジェ的なカッコイイ装置になる(予定)です。お楽しみに。そして、先日の後日談、あの後東林間まで歩き出した彼は途中で道に迷い、高井戸の交番のおまわりさんと明け方まで話し込んだあげく、そのおまわりさんの車で家の近くまで送ってもらったのだとか。予想をはるかに越えたその後日談に、唖然とする詩森と境であった。

8月8日(日)
床に寝転がって頭だけ浮かしたら、突然、「人間の頭って意外に重たい」と気付いた。そう思ったら矢も盾もたまらなくなり、大急ぎで菅原さん(詩森夫)を呼び、体重計に頭だけのせて重さを見てもらった。4.5kgであった。それにしても体重計に頭だけのせて床に寝転ぶ姿は我ながら間抜けすぎる。大馬鹿だと自分で呆れる位であるから菅原さん(詩森夫)の気持ちは押して知るべしである。心の中で詫びる日曜の夜更けであった。

8月7日(土)
阿佐ヶ谷で七夕祭りがあるというので、急遽路上パフォーマンスを行うことにした。とはいえ、演劇人なんていうものは所詮無芸大食の集りである。芝居をやるしかない、ということになった。しかし、ご存知のように風琴工房の芸風は祭りに相応しいような賑々しいものではない。この際、芸風無視で行こう、ということで、コントみたいなのを書いてみた。途中、阿佐ヶ谷駅の駅長さんに追い立てられるなどのハプニングもあったが、場所を移してなんとか無事終了。おばあちゃんとか、子供とか、絶対動員には繋がりそうもないけど、反応が楽しくて、暑かったけど、すごく疲れたけど、やって良かったと思う。このように、今回風琴工房なりふり構わずやってます。ぜひともいらして下さいね。

8月3日(水)
今日は舞台監督の伊藤さんが初稽古であった。お約束のように飲みに行ったが、この伊藤さん、東林間に住んでいて、なのに飲み会は最後まで、がポリシーらしく、初日というのにしっかり終電を逃していた。どうするんですか?と聞いたら「歩く」、という。歩くったってアンタ、ここは下北沢、そして、東林間は町田の更に先である。唖然とする一同を尻目に「よく歩いてますから大丈夫です」と更に追い討ちをかける。狐につままれた面持ちの私たちに見送られ、飄々と夜の闇に消えていく伊藤さんであった。

7月8月9月 7月の日記

7月31日(土)
稽古も佳境に入っているというのに、山梨は富士の麓にある本栖湖まで、魚人帝国というところのテント芝居を見に行った。彼等はここ1ヶ月ほど彼の地で芝居を作り、これから2ヶ月掛けて全国を巡演するのだ。東京でもお盆に公演があるのだが、贔屓の乾緑郎くんが脚本だというのと、巨大プールに船を浮かべるという装置を一刻も早く見たくてわざわざ稽古を休みにまでして本栖湖まで出掛けていったワケだ。装置はスゴイが芝居はお寒い、との事前の風評があることはあったのだが、実際見るとそんなことは全然なくて、最初から最後まで詩森は存分に楽しんだ。なんでも装置の船が動かなくなる、という大アクシデントがあったとかで本人たちは随分落ち込んでいたけれど、そしてもちろんこれからの旅の中で解決していくべき課題も山ほどあるのだろうけれど、過ぎるほどに野蛮でひたすらに美しい力に圧倒された夜だった。そこには血で染められた一枚の布にまつわる物語だけがあり、思想も観念もテントという空間に拘るプライドも、余計なものなど一切なかった。 なのにテントで芝居を見るという喜びは、存分に溢れていた。8月14日〜18日まで東京王子神社で公演を行うので、ぜひ見ていただきたいと思う。カツゼツが悪くて何を言っているのかさっぱり解らないが、蛮勇という言葉が今時似合う希有な男、十座役の獅餓冷蔵に注目してほしい。

7月28日(水)
本多劇場でチラシの挟み込みをした後、ひょんなことから境くんと映画を見に行った。タイトルは「運動靴と赤い金魚」。キアロスタミ監督の映画などで最近頭角をあらわしてきたイランの映画の新作である。これが実に素朴で美しい、素敵な映画だった。何気ないけれど実によくできた脚本と主役の少年の常に泣きべそをかいたような表情が忘れ難い。境と詩森は笑いながら泣き、泣きながら笑い、すっかりこの映画の虜になってしまった。帰り道、「9月の芝居はこういう素朴な芝居にしたいよね」と話す。現実が虚構をどんどん追い越していくこの激動の時代に、「素朴な芝居」とは何を考えているんだ、風琴工房、と言われてしまいそうだが、とにかく9月は「素朴」がキーワードなんである。90年代はディスコミュニケーションの時代であった、ように思う。ある演劇人はその姿を正確にうつしとり、またあるものはそこにあがく人間関係を描き、すぐれた成果をあげた。しかし、私たちは、「運動靴と赤い金魚」で兄と妹が交す眼差しの行方が指し示す、人と人との結び合うその美しさをあえてお芝居にしたいと願う。それは、まるで遠い絵空事のようであり、御伽噺のようでもある。でもそれでいいはずはない。思い新たにする稽古休みの夜であった。

7月27日(火)
かねてより計画中の稽古場チャリンコ計画をついに実行した。菅原さん(詩森夫)のMTBを借りて、大森から下北沢まで片道12kmにチャレンジである。結果から言うと決意ほどのこともなく楽勝であった。所用時間約1時間弱。環7をひたすら走るので排気ガスが体に悪そうだが、それ以外はとっても楽しい。その後、稽古場チャリンコ計画達成記念ということで飲みに行き、しっかり午前様に。調子に乗った詩森は、稽古場通いで鍛えた後、9月の公演場所である阿佐ヶ谷までチャリンコで行こうと決意する。秋になったらチャリンコ一泊旅行もいいかもしれない。とりあえず今の目標は今日一時間かかった道程を45分まで短縮することである。こうして丈夫な体がますます丈夫になっていくのかとちょっと恐ろしいが、そして、短パン、キャップという自転車ファッションがとてつもなく似合わないのがタマに傷だが、この際なりふりかまってはいられない。詩森ろば、鉄人デビューの夏である。

7月26日(月)
テレビはあんまり見ない詩森にも嫌いなコマーシャルはある。今いちばん嫌なのは「アメリカンホームダイレクト」という車両保険などを扱っている会社のコマーシャルだ。インタビュアーのお兄さんが「ナントカでカントカで年間××%オトクな保険は?」と道ゆく人に聞くと、聞かれた人が得意げに電話のマイムをするアレである。さしたる理由もなく嫌いだったが、最近儲かっているのか露出時間もどんどん多くなっていて、もはや見てみぬふり、というワケにもいかなくなってきた。しかも、やたらとバージョンアップしている。最初はインタビューされる人だけが、その電話のマイムをしていたが、最近では、道ゆく人までが、インタビューの間中、後でズームイン朝のように手をヒラヒラさせているのだ。はっきり言って絶え難い苦痛である。なのにどうして嫌いなのかがハッキリしないところがまた居心地悪い。出てくる人が日本人なのに行動が妙に外人っぽいのがダメなのかもしれない。そんな詩森の苦しみをよそに増殖中の「アメリカン・ホーム・ダイレクト」。いったい何者なのか、いつか決着を着けたいものである。

7月24日(土)
昨日、突然菅原さん(詩森夫)が「明日は鰻を食べよう」と言い出した。たまには、贅沢もいいか、と出掛けると、目当ての鰻屋では、丁度私たちのすぐ前の人で売切れだとのこと。「土用丑の日」でもあるまいし・・・と思って驚いていたら、なんのことはない、今日は土用丑の日であった。聞いてみると菅原さん(詩森夫)も知らなかったという。呑気というか間抜けというか。しかし鰻な気分は止められず、仕方ないのでそこらへんにある鰻の看板を下げた飲み屋に入る。夫婦ともども生れて初めての土用丑の日体験であった。ちなみに食したのは痩せて貧相な鰻重(竹)1700円也。

7月20日(火)
今日はDM作業日であった。風琴工房においては座長であっても全ての作業から逃れることはできない。我が家に劇団の中枢であるパソコン君がある以上、むしろ中心になって働かなければならないといっていいだろう。というワケで、クーラーもいれず(あるのだが、みんなクーラー嫌い)ダラダラと汗を流しながら、昼組、夜組でお手伝いしてくれる役者陣入れ替わりつつ、詩森、夏芽、境の劇団員は夜中まで休むことなく働き続けた。こんなに暑いのに夜のまかないはなぜか豚汁。「なんで豚汁なんだよ」と作った自分に一抹の怒りを覚えつつ貪り食う。そしてまた、作業。今時こんなアナログなのは演劇業界だけだろうなあ。こんな私たちが憧れるのは、ガチャンと切れる紙切り機と紙折り機、そしてレーザープリンターである。誰かいらないのがある人は、譲って下さいねえ。

7月18日(日)
自転車ブームに湧く我が家、菅原さん(詩森夫)の自転車はMTBだが、詩森がのっているのはママチャリである。遠出をする際、この自転車の性能格差によるスピードの違いがネックになっているね、と家族会議などあり、もう一台のMTBを購入することにした。こうなると張切るのはデザインにウルサイ詩森である。ウチの近所にカッコイイ自転車ばかりを扱うサイクル・ショップがあり、そこのお兄さんと散々騒ぎ、カタログなど見せてもらった末、おフランス製のスカイ・ブルーの奴を予約した。8月中には届く予定だ。この自転車、フランス製だという理由だけで「ピエール」と命名された。詩森は「フランソワ」を主張したが、どうもこういったことには菅原さん(詩森夫)に軍配があがりがちである。その後、自転車で大崎の「カフェウブドゥ」というレストランにバリ料理を食べに行った。ここは日本で食べれるインドネシアン料理としてはかなり美味しかったように思う。「ウメエ、ウメエ」と貪るようにすごい量を食べ大満足であった。

7月17日(土)
肉練の受渡し。ストレッチから大混乱。詩森はモダンバレエを4年程納めたことがあるので、今はもう踊れはしないけど指導はきびしい。制作の中村さんが元ダンサーなので、手伝ってもらって受け渡す。まったくみんな肉体がユニークで、実に面白いけど、ちゃんと立てよ、とかまともに歩けよ、とか、頭の痛くなるようなダメ出しも出る。その後、脚本についての話。舞台となる砂漠について、タイトルにもある森のイメージ、学校(今回は砂漠の小学校が舞台なので)の思い出など、役者に話してもらいつつ、テキストについて説明した。サブテキストとして、写真集や映画など、風景の補足になるものを推薦し、課題とする。

7月15日(木)
稽古が始まった。今日はチケットなどに関する事務確認と読み合せ。1ヶ月も前に本を渡していただけに、さすがに良い読み合せとなった。

7月13日(火)
今日は基礎訓練をつくるため稽古場をとった。リズム訓練、美しい動き、素早さ、体力、集中力、なんとかこれらを確実につける方法はないものか、と、そのためには、その目的に添った肉体訓練をするしかないだろう、ということで、ない知恵をしぼり考案することにしたのだ。今までやっていたものの中から有効そうなものを、曲をまるまる使って振付け的にノンストップでやろうというのだが、まあ、美しいかどうかはともかくとして体力が付きそうなことだけは確実なものが出来上がった。詩森なんてここ2、3年ロクに運動していないので、すぐに息が上がってしまう。しかもすごい動きが汚い。ちょっと足あげただけで、肉ばなれ起こしかけたくらいだ。ここはひとつ役者と同じ時間に稽古場入りして美しいウォームアップを目指し運動せねば。そして、また、帰りの飲屋で境くんの冷たい眼差しをものともせず、稽古場チャリンコ通勤計画をぶちあげる。意地でも通ってやると決意する。敵は雨だけだ!!

7月12日(月)
演劇関係者でもインターネット関係でもそして高校の同級生でもない貴重な友達であるカナエちゃんと代々木の上海ヌードルへ。鉄鍋餃子もアボガドマグロも、そして丸ごとワタリガニがジャブンとスープに漬かってる上海ヌードルも最後のデザートも、なんちゅうか、とてつもなく、ウメェよ。いや、マジで。安いし。そしてこの食いしんぼの友人がバリ好きなおかげで、バリでも散々オイシイ思いができたワケである。で、9月にイギリス行くんだけど、行かない?と誘われ、心乱れる今日の詩森であった。

7月10日(土)
今日は密かに出入りしている「バリ」関係の掲示板のオフ会に行ってきた。ここの掲示板では、渡バリの時にそれはそれは親切にしてもらい、その後も、バリへの未練断切り難くずるずる出入りするうち、主宰の方が上京されるというので舞い上がり、全身これmade in BALIという服装で出掛けていったのだ。そして、お会いしたのは日頃演劇関係で濃い人たちには慣れている筈の詩森も圧倒されるほどパワフルな方々であった。バリニーズの夫を持つ主宰の方を筆頭に、ハニーがバリニーズという女性が4人(そのうちのひとりは9月に結婚の御予定)、「これぼくのバジャール(恋人)」とデジカメ映像を見せてくれるゲイだという男の子。バリ風インテリアの家を新築中(!?)だという人、こう書き連ねただけで、なんだかゴージャスでしょう?みんな自分の人生をものすごく楽しんでいるかんじで、囲まれているとそれだけでパワーアップするようだった。そして、またバリに行きたくなってしまった詩森。ああ、そんな場合じゃないのに。気持ちを入れ換えて頑張らなくては。改めておそるべしバリ。

7月8日(木)
のどかな日曜日が過ぎると、あとは怒涛のような毎日が詩森を待っていた。チラシが出来たのだ。そして、風琴工房においては、例え座長であってもチラシのはさみこみを逃れることはできない。というよりは、無職の身の上である以上、中心となって働かなくてはならないと言っていいだろう。毎日ガラガラにチラシを積んで今日は新宿、明日は池袋と忙しい。その上にダイレクト・メールの作業やら、つい思いついてしまったろくでもない制作アイディアの実現に向け、まさに労働の日々である。そんな中、菅原さん(詩森夫)の実家から恒例の海産物クール宅急便が送られてきた。 結婚して何がいちばん良かったと言って、この海産物宅急便ほど良かったものはない。おかげでこの冬は「イクラ」を飽きるほどに食べ、そして、今日の到来物はイカ、タコ、タイ、そして、ウニであった。このウニを食べれば誰であっても東京のウニは苦くて不味い、という詩森の主張を認めざる得ないであろう。それほど甘く、とてつもなくウマイ。そして今日のメインはなんといっても「イカ」であった。最上級のスルメイカだ。まずは塩辛の作成に着手する。皮を剥ぎ、ワタを塩でくるむ。 冷蔵庫に放り込んで、明日を待つ。これで今週中にはウマい塩辛が食べれる予定だ。その他のイカも皮を剥いたり、ちょっと調理したりして、食べきれなさそうな分は冷凍する。そこまで終了させて、ウワサの「猫ニャー」にチラシを挟み込むべく飛び出した。ところで、「ナイショ」と言われたチラシはとってもステキな仕上がりでした。どこかの劇場で見掛けたら、「ああ、きっとこれも詩森さんが挟み込んだのね」と、大切にしてやってくださいねー。

7月4日(日)
自転車に乗って遠出をしよう、が最近の我が家のトレンドだが、今日は二子玉川までチャリで出掛けることにした。多摩川添いをひたすらに走ると我が家から10キロ程の場所にニコタマはある。なんでもニコタマには、ネコタマ、イヌタマというのがあるらしく、そこでは可愛らしい犬や猫たちと暖かなふれあいのひとときをもてるのだという。幼い頃は獣医か考古学者になりたかった詩森としては、一度見学に行かねばと気にかかっていたため、チャリでニコタマというイベントと抱き合わせで、かねてからの希望を叶えることにしたのだ。まあ、結果だけ言ってしまうと、あんなとこ行くだけバカであった。行く前からうすうすわかってはいたのだけれど、好奇心に負けて行ってしまった我が身の浅はかさを恥じる詩森だ。そのネコタマ&イヌタマ、ちょっと巨大なペットショップを想像してもらうと間違いないと思う。犬猫のやる気のなさも気にかかりはしたが、(自分もその一端を担っておきながら恐縮ではあるが)なんだか気の毒で見ていられない、というのが率直な感想であった。ネコタマ、イヌタマ両方見れる共通券を購入して料金は1300円。

7月3日(土)
徹夜明けのぼーっとした頭で広尾まで出掛ける。広尾なんて境くんが病気で入院した時にお見舞いに行ったことくらいしか縁のない場所だけれど、来年、詩森の脚本でお芝居をやりたいと言ってくれた若い女の子たちとの打合せ場所に「広尾」を指定されたので、場違いだよなーと思いつつのこのこ出掛けていったワケだ。まだ日程も未定だけれど、来年の今ごろを目処に上演したいとのこと。もちろんとても嬉しいが、「書きましょう!」と力づよく約束した後、「はーまた脚本だよ」と暗い気分になる。でも、出る予定の2人の女の子が、それはそれはカワイイので、「詩森さん、こんなステキな脚本をアリガトウございます。私たち、これからも詩森さんについていきますっ」なーんてしなだれかかってくれるとゆー妄想をカテに頑張ってみようかと、萎えそうな心を奮いたたせる詩森であった。

7月2日(金)
今日は劇団員総出(といっても3人だけど)+制作の中村さんでポスターを作った。ポスターを作った??と思う方もいるかもしれないけど、文字通り作ったんである。但し、シルク・スクリーンとか版画のプレス機とか大型カラーコピー機とか、そ−ゆーステキな道具は持っていないので、図画工作の世界だ。もう少しするとあちこちの劇場やお店などにいかにもたどたどしい風琴工房手作りポスターがおめみえの予定である。たどたどしいけどそれなりに、ビックリの仕掛けもついている。発見したら、掲示板かメールで発見の報をお知らせ下さいねー。そして、12月に引き続いて陣内孝則似のデザイナー岡田氏から「デザインはナイショ」と言われた本チラシが月曜に到着予定。ああ、いよいよ待った無し。始まるんだなあ。



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