風琴工房


温泉ツアー顛末記−その1−

温泉までの道


なぜわたしたちは温泉にいくことになったか

 それは忘れもしない風琴工房新年会の席上であった。場所は詩森邸。出席者たちはそれぞれに帰っていき、最後に残ったのは例によって、齋藤真吾、あきやま貴子、松岡洋子の3人である。誰とはなしに「温泉にいきたいよねえ」という話になる。まあ、当然そんな話は出る。演劇関係の打上げ、新年会、もしくは忘年会の席上で「温泉に行きたい」という話題が出るのは、もはやスタンダードと言っていい。貧乏ヒマなしの演劇人たちにとって、己の貧弱な想像力の及ぶところで考え得る最大の贅沢、それが「温泉」なのである。そしてたいていの場合、「温泉に行きたい」と口に出したことで、満足し、たくさんの口約束がこうして交わされてまた消えていくのも、こういった飲み会の席の常というものだ。
 しかし、なぜかこのときばかりは、違っていた。
 すぐにスケジュール帳が取り出され、日程が検討される。松岡さんの芝居の終了をまち、2月の3、4日決行が決定される。行き先は齋藤真吾推薦、群馬にあるという秘湯「S温泉」である。なんでもそこには川がそのまま温泉になっているところがあり、しかも民宿の料理がものすごく美味しいという。なので、そこに行こうということになる。しかし、ここまでやってもいつのまにか話が立ち消えになるのが演劇界の「温泉へ行きたい」話のセオリーとも言える。
 しかし、詩森はホンキだった。思えば去年一年間は、ロクに遊びもせず劇団のために働いたのだ。
 いいじゃないか。温泉。行くべきだよ。温泉。
 3人は終電で帰っていき、詩森はシンゴにメールを送った。
 「わたしはホンキだから、ぜったい予約をとるように」
 まもなくシンゴから返事がきた。
 「予約、とれました」
 このときまだあきやまさんや松岡さん、そして、たまたま新年会の席にいたためにツアーメンバーとなってしまった菅原さん(詩森夫)は、温泉行きがこんなにも着々とすすめられていたことを知らない。まあ、でも予約はとれたのだ。これは行くしかないでしょう。
 こうして温泉ツアーは決行されることになった。
 
温泉に行く前にわたしたちが耐えるべき2、3の事柄

 それはマメ大王シンゴのメールの嵐であった。ツアーリーダー、シンゴはとにかくコマメな男であったのだ。シンゴからは「クーラーボックスを持っていないか」とか、「どこか観光したいところがあるか」など、様々な質問、要求が3日にあけず送られてくるのだ。油断していたが、シンゴの温泉好きは、思った以上に度をこしたものであったらしい。おかげで、ワークショップのお知らせを送っても、芝居をいっしょに見に行っても、シンゴのココロはすでに温泉へと飛んでいる。S温泉は混浴の露天風呂だが、「水着は禁止です」とお達しまで出る。こうしてシンゴは出発までの一ヶ月間、ものすごいテンションで温泉のことを考え続けた。なのに「雪道の運転は大丈夫だろうか」という詩森の心配にはなにも答えてくれない。こうして、うっとおしさも頂点にたっした頃、ようやく、出発の日はやってきたのだった。
そして、出発

 待ち合わせしてまずは買い出し。信じられないほどの量の酒がレンタカーのワゴンRに運び込まれる。下戸の詩森、運転するシンゴ、そして、ビール一本で顔は真っ赤の菅原さん(詩森夫)というメンバーに関わらず、この大量の酒類。いったいどうしたことだろう。それは、もちろん、あきやま、松岡というふたりの女酒豪をメンバーに擁しているからに他ならない。車に乗り込むやいなや、エンジンがかかるまでももどかしくプルトップをあけ、練馬インターにも辿り着かぬうちにビールをどんどん空けていくふたり。スゴイ。スゴすぎる。しかも途中のサービスエリアでふたりがこそこそ話しているのを聞くと、酒が足りなかったのではないか、と心配しているのだ。ビール1ダース、日本酒1本、ワイン2本、クレームドカシス1本、いったいなぜ、どうして、どのようにすれば足りなくなるというのだ。

酒は人生のスパイス−わくわく日本酒ランドにて−

 インターを降り、国道をひたはしる私たちの目に「人生のスパイス、酒」という看板が目にとびこんできた。とどのつまりそれは酒屋であった。ふと覗き込むとこんなひなびたヘンピな場所なのに、酒の展示の仕方からしてマニアックぽい。
 わざわざUターンして、店に入る。
 わずか20畳ほどの店内には、久保田、菊姫などなだたる銘酒がズラリと並んでいる。飲めない詩森が手作り味噌に気持ちとられている間に、あきやまさんはすっかりオヤジを手なづけ、オチョコを並べてきき酒を開始している。ひとつ飲むたびに嬌声があがり、「こいつらただものではナイ」とふんだオヤジはすっかり気持ちよくなってしまい、どんどんどんどん酒瓶を出してくる。
 「なんかさー下手な観光名所に連れてくよりアッキーと松岡ッチは嬉しそうだねえ」と詩森が言うと、あきれ果てたシンゴ、「タイヘンなアミューズメント・パークだ」と吐き捨てるように言う。なのでこの酒屋は「わくわく日本酒ランド」と命名された。世界最小のアミューズメントパークの誕生である。群馬に旅するチャンスがあったら、皆様ぜひお立ち寄りください。

 
そしてようやく温泉到着

 「何時間いてもうちは構わないんだよ」と言うオヤジに別れを告げ、再び車上の人となる5人。ゆうに一時間以上はここで時間を潰しているのだから充分である。
 早くつきすぎちゃうかもねえ、などと心配していたが、S温泉に到着したときはすでに日も暮れかかるころであった。
 さて、このS温泉、川がそのまま温泉になっていて、期待を裏切らない鄙びた感がすばらしい。
 ところが、あんなにも楽しみにしていた川の温泉は、上流でダム工事中、とかで入れなかった。一同、かなりガッカリする。S温泉がどれほど素晴らしいかということを聞かされ続けた日々はなんだったんだろう、と大きく落胆。
 しかし、気持ちの切り替えは早い私たち。じゃあ、宿で温泉に入ろうよ、ということになり、宿へと迎う。ここから宿は1.5キロ。2、3分で宿到着、となるはずであった。ところが………。(「温泉顛末記その2」に続く)

 
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